ブログ:ココログ

« 2005年7月 | トップページ | 2005年9月 »

中国南京に日本語学校設立の準備を進める ( 2005/8/15 )

中国南京に日本語学校設立の準備を進める

協会福岡県連合会が中国の学院長に協力要請

 福岡県連は、昨年の大会で、中国に日本語学校設置について検討をはじめることを決め、実情調査など進めてきました。
 8月15日には、中国南京市のN学院と第1回目の話し合いを行ないました。
 この学院は江蘇省の省立で、4000名の学生を擁しています。福岡支部の会員でこの学院の日本語教師をしているIさんの斡旋で、学院長等の来日を機会に協力要請を行なうことにしたものです。
 当日は県連の松山盛利事務局長、三好正明理事が依頼書を持参し、趣旨説明をおこないました。
 学院長は、「政府も外国の協力を得て私学を発展させることを奨励している。特色ある学校ならば当学院の知名度アップにもつながり有効です。帰国後、会議を開き人民政府の許可も必要であり前向きに検討を進めます」と応え、カリキュラムや資金などについて4点について県連に質問をしました。
 この学校創立は、日本語教育をとおして、中国の若い人々と相互理解を深めるためことを目的に計画されているもので、とりわけ、福岡県と江蘇省は姉妹都市であり、南京市を省都にもつ同省との交流は歴史上からも、また、今日的意義から見ても極めて重要であるとの立場から進められています。(M)

2005年 8月 21日 日本語学校, 福岡県連合会 | | コメント (0) | トラックバック (0)

抗日戦争・世界反フアシズム戦争勝利60年座談会 ( 2005/8/13 )

抗日戦争・世界反フアシズム戦争勝利60年座談会

中国総領事館主催・協会福岡県連などから総勢35名が参加

img20050813
8月13日中国駐福岡総領事館

 中国では、中国人民抗日戦争・世界反フアシズム戦争勝利60年の今年を記念して、国家的行事が相次いで行なわれています。 
 福岡でも8月13日、座談会が開かれました。
 はじめに、武亜朋総領事が挨拶し、この記念行事が「歴史を顧みて、抗日戦争で経験した民族精神を高揚させ、世界平和の発展のために貢献するため」に開かれていることをのべました。
 つづいて、抗日戦争とファシズム戦争の歴史認識ついて触れ「戦争の本質をはっきりつかみ、犯した過ちを認めることが大切だと」語りました。
 靖国参拝問題について、「戦争を引き起こしたA級戦犯を祭るところに総理や官房長官が参拝することを中国国民はけっして受け入れられない」と毅然として語りました。
 最後に、「中国は日本の友人と手を携えて、中日友好のために、歴史の教訓、経験を生かし、今後も一層がんばっていきます」と平和に向けての決意を語り、「今日は自由に語り、発言してください」と開会の話を結びました。
 この武総領事の挨拶に応えて、最初に松山盛利県連事務局長が発言を求め、記念すべき座談会に招待されたことについての謝意を表し、つづいて、55年間、困難な中でも中国国民を信頼し、友好・平和と相互理解を深めるために様々な運動を行ってきた、日中友好協会の活動を紹介しました.。そして、当日、出席した、「八路軍に参加した人、中国強制連行事件、残留日本人孤児の支援、中国語講座運営などで、日夜奮闘しいてる6名の会員の話を聞いて欲しい」と発言しました.。
 福岡支部副支部長で戦争を知らない世代の弁護士の後藤富和さんは「日中間の清算をきちっとすることは、今後の日中友好のために大切です。それがなければ又、戦争を起こすと思います。9条が改正されようとしています。自由に戦争ができるようにするためです。私は強制連行・労働裁判の弁護士ですが、裁判は全国で負けています。しかし、強制連行・労働の事実はどこも認めています。ところが、政府は何も言わない。今こそ、過去を問いただす時です。日中韓、三国が手を取り合えば必ず大きな力になります。しかし、日本はアメリカばかりに目を向けている。こんな状況を改めさせ、日中友好を発展させることが大事だと思います」と語りました。
 3歳で大連に父母とともに渡り、小学校3年生のときに敗戦を迎え、18歳で帰国した深谷節子さんは、「弟妹は33年間、中国の養父母に育てられました。感謝の気持ちでいっぱいです。20年間、私は、学校で子どもたちに話をしています。戦争が日本にもたらした不幸を2度とさせてはなりません。ところが、国は被告であるが反省はしてはいません。今、私は日中友好協会の会員として学ばされています。人生大学のようなものです。2度と過ちを繰り返させてはなりません。私は1人の国民として、母親として行動を今後も続けていきたいと思います。戦争の悲惨さを語っていくことが大事だと思います」と戦争体験者としての思いを語りました。
 また、華僑総会の人は「母親は纏足(てんそく)でした。シナ人、チャンコロと石を投げられたこともあります。しかし、ほとんどの周りの人は善良な人でした。オ偉い人のために、国民はひきづられ、みんなだまされた。誰が戦争の責任を取ったか。教科書問題、日本のマスコミも右翼にマイクを渡すようなことをしています。中国は私の母であり、命です。日本は正しい教育をすべきです」と今日の日本を憂えていました。
 また、別の華僑の人も「教科書には戦争がいつあったかさえ載っていない。大学生さえ戦争を知らない。戦争は市民を苦しめるもの。平和のために日中両国民は仲良くしよう」と日中友好の大切さを訴えました。
 中華料理店の経営者で、シャンソン歌手でもある女性の人は「父は、大牟田の炭鉱に連れてこられました。3年前に亡くなり、荼毘(だび)にふした時、銃弾が腰の付近から出てきました。私は4人の子どもたちにも、唄うときも、政治のことを敢えて話します。私が歩んで来た道や中国人であることを~」と凛とした中国人の誇りが伝わってきました。
 九州平和友好会の会員から「八路軍の規律はすばらしかった。今の日本は戦争への清算はしていない。国民は昔のごとく洗脳されたままです」「中国の子どもたちのために、毎年30万円援助を続けている。日中友好は大切」などと発言がありました.。
 また、新聞社の元北京特派員の人は「小泉首相の批判をするといやがる人がいる。日中友好は50年、100年単位で取り組む必要がある。それは、人を育てることです。政府や行政が留学生を相互に交換し、お互いに勉強していくとが大事です。交渉だけではダメです」と日中友好の今後のあり方について発言をしました。
 活発な発言が続きましたが、最後に武総領事が「みなさんの発言を聞いて感激しました。大変、見識が高く誠実で、他に見られない良い座談会であつたと思います。日中両国はどんなことがあつても、仲良くしていく、そうしなければ互いにマイナスになります。手を携えてがんばっていきましょう」と閉会の言葉を述べました。

2005年 8月 21日 福岡県連合会 | | コメント (0) | トラックバック (0)

糸島支部 ピンポン交流会と第3回総会を開催 ( 2005/7/24 )

ピンポン交流会と第3回総会を開催 糸島支部 7月24日

ncitosima ピンポン交流会は参加者は楽しく汗を流し、スマッシュがきまるたびに歓声があがっていました。
 総会は県連から松山盛利事務局長が出席し、今日の日中関係、今後の展望について話しました。
 ひわだ正子二丈町議も会員として出席しました。
 総会では新会員の27才の青年が「自分はマスコミの報道で、日中関係を見ていた。これからは協会の中で日中関係を勉強していきたい。」との発言がありました。高齢の参加者に感謝するとともに、青年の参加は他の参加者をおおいに励ましてくれました。
 そして会員も増やすことを話し合いました。最後に池田守之副支部長の福岡支部転出を確認して、これまでの池田副支部長の指導と運動に深く感謝して総会を終えました。(東)

2005年 8月 1日 糸島支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)





« 2005年7月 | トップページ | 2005年9月 »