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「戦後70年」手記① 中国の大地に1人 生き残った私  八幡支部・原田育子

「戦後70年」手記①

中国の大地に1人
 生き残った私

     原田育子 八幡支部

  私は1933年6月19日山口県下関市で生まれました。
 ちょうど70年前の1945年の春に、家族で満州の吉林省黒頂山開拓山にいきました。
 父は兵隊にとられ、兄は海軍学校で日本に残り、母と私たち兄妹五人になり母は開拓団のみなさんと一生懸命に畑仕事をしていました。
 私はそこに着いて学校もない家の中で兄妹たちのお守りをしていました。
   

  突然、帰国命令

 その年の8月8日でした。突然、開拓団の団長から日本に帰る命令を受け、母が私たちを抱いて泣きました。
 母から「すぐ日本に帰る」と言われ、その日の夜中12時に出発しました。
 9日の朝、鎮西という小さな駅に着きました。
 ひと晩待っても汽車は来ませんでした。

 団長が「ここは小さな駅だから何日待ってもだめでしょう。わたしたち兆南という大きな町に行きます」と言われ、また歩きだしました。
 しかし、私たちは、2日間何にも食べてないので歩く力がありません。
 しょうがないから黙って畑の中に入ってトウモロコシをとって生で食べたり、雨ばかり降っていましたので、のどが渇いたら雨水を飲んだり、疲れたら畑の中で休んだり、やっとあと30キロで兆南に着くところでした。
  

  首を切られて気を失う

 8月13日の朝でした。
 団長が「もうすぐ町に着くからみんなちょっと休もう」と言ったとき、鉄砲の音がしました。
 うしろを見たらロシア軍が来たのです。
 私たちみんなあわてて畑の中に隠れました。
 でも老人たちは走ることができずロシア軍に殺されました。

 私たちは、畑の中で30分くらいたちました。
 外は静かになりました。
 ちょっとのぞいてみたら、ロシア軍は私たちを追ってこないで町の方へ行きました。
 それで私たちはまた一緒に集まりました。
 団長が「私たちはもう日本に帰ることできないでしょう、まわりはみんな私たちの敵です。」と言われました。
 母は私たちをしっかり抱きしめて大きな声で泣きました。
 ほかの団体のお母さんたちも自分の子どもたちを抱きしめてみんな泣いていました。

 そのとき鉄砲の音がしました。
 みんな頭をあげてみたら、1人の少年兵が鉄砲でみんなをつぎつぎと撃っていました。
 しかし私たちの番になったとき鉄砲の弾がなくなり、団長が刀を抜いてきたのです。
 母と弟妹は私の目の前で切られ、母はすぐに亡くなりました。
 私は1番最後で首を切られて気を失いました。

 それから何時間たったかわかりませんが目がさめてまわりを見たらまだ2歳になっていない幼い弟が、母が死んでいるのもしらないで母の胸の上でおちちを飲んでいました。
 6歳の妹は母の近くで泣いていました。私はまた気を失いました。

 2度目に目がさめてまわりを見たら弟は母の胸の上で死んでいました。
 母のまわりにも2人の弟と妹は死んでいました。
 6歳の妹はもういませんでした。
 私は喉が渇きました。
 でも動くことができません。
  

  中国人の家に

 ちょうどそのとき、私の目の前に中国の人が2人立っていました。
 私が頭をあげて「水」と言いました。
 1人の人が、はっぱに雨水を入れてもってきて私に飲ませてくれました。
 2人は兄弟でした。
 それから2人が板を借りてきて、私をかかえて家まで着きました。
 家の中は大家族でみんなやさしい人たちでした。
 薬もないのでお酒と塩で私の傷を洗ったり、みんなが手伝って治してもらいました。
    

  2度と戦争がないように

 戦争は本当に恐ろしいです。
 私はあのときに受けた強いショック、混乱の中の子どもたちの泣き声が今でも耳の中で響きます。
 みなさん、2度と戦争が起こらないようにいつまでも平和を祈りましょう。

   

2015年 5月 29日 中国帰国者 |

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