ブログ:ココログ

« 中国映画を観る会  「僕たちの家に帰ろう」 5月29日(日) 福岡市総合図書館映像ホール シネラ | トップページ | ゆっくり登ろう会 第114回例会 三俣山・三俣山南峰 登山  6月5日(日) »

人生に友好の歴史あり⑪  太極拳極め 本部指導員に   中村 仁美さん(田川・67歳)

人生に友好の歴史あり⑪  支部活動支え20年  太極拳極め 本部指導員に   中村 仁美さん(田川・67歳)

 「太極拳は何歳からでも始められます。体幹の筋肉が鍛えられ、始めた時の体力年齢を維持できます。性格がでると言われ私も気が長くなりました。風格のある、優雅できれいな太極拳が目標です」
 香春岳山麓の自宅で静かに語る中村仁美さん。
 田川で生まれ友好協会入会とほぼ同時期から始めた太極拳歴は30年以上。
 労組書記として麻生セメントの労働者と苦楽を共にし、事務局長として60数年の田川支部の活動を発展させてきた人生を紹介します。

日中友好・太極拳が人生の礎 

麻生セメント労組書記に
一番ヶ瀬委員長と出会い

 田川市丸山町で出生。 お父さんは八幡製鉄所の労働者でしたが、知り合いの和尚さんから僧侶としての教示を受けます。
 戦後、田川の古いお寺を引き継ぐため宗像から越してきました。

 高校卒業後、20歳の時に麻生セメントの労組書記に。
 間もなく一番ヶ瀬さん(現県連顧問)が組合の委員長になり、この時の運命的な出会いが、その後の田川支部の発展を支えることになります。

 当時、高度経済成長と共にセメント業界にも合理化の波が押し寄せ、会社側は三次にわたる人員整理を強行。 900人いた組合員が300人ほどになりました。

仲間が励まし 難病乗り越え
太極拳を継続

 36歳から太極拳を始めます。 きっかけは初参加の県連大会で太極拳の演武を見たこと。
 金子さん(柳川)を講師に招き田川で無料講習会を月1回・1年間開きました。

 10人でスタートした太極拳サークルは25周年記念講習会が行われた2009年には100人にまで発展。
 12年前、難病にかかったり、股関節の人工関節置換手術を受けたりと苦しいことが続きました。

 「太極拳はもうできないと諦めていましたが仲間が励ましてくれ、再び始めました」と語る中村さん。
 北京体育大学にも留学し研鑽を重ねます。
 2年前、全国の本部指導員になりました。

二胡コンサート・
「殉難者の碑」建立に情熱

 1999年、吉林省の民族楽団コンサートを取り組みますが、開催直前、来日できないことに。
 既に900枚近くチケットを販売していましたが購入者には翌年、劉福君さんのコンサートを開催することで了解していただきました。
 お詫びコンサートは大盛況。 以降、2年毎に開催することになります。
 収益金は「中国殉難者碑」の建設資金や北京の残留孤児老人ホーム建設の義援金に活用。
 二胡サークルも誕生しました。

「中国問題学習会」開き
活動のすそ野広げたい

 「太極拳や二胡のサークル活動で裾野が広がっています。 中国問題の学習会にも取り組み、もっと友好運動を広げたい」と語る言葉と人生には、しなやかな女性に秘められた強さが感じられます。 

2016年 5月 1日 人生に友好の歴史あり |

人生に友好の歴史あり」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/98465/63563205

この記事へのトラックバック一覧です: 人生に友好の歴史あり⑪  太極拳極め 本部指導員に   中村 仁美さん(田川・67歳):

コメント

コメントを書く








« 中国映画を観る会  「僕たちの家に帰ろう」 5月29日(日) 福岡市総合図書館映像ホール シネラ | トップページ | ゆっくり登ろう会 第114回例会 三俣山・三俣山南峰 登山  6月5日(日) »