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北九州大、久留米大など青年学生たちが餃子で交流 帰国者の小田原さん、原さんが調理指導 43名参加 (2009/5/24)

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 北九州大学班は、5月24日、小倉南区で「餃子会」を開き、学生・留学生、平和友好祭に参加して合流した青年に加え、久留米大学班からも2名が駆けつけ、小倉支部会員、中国語講座受講者などを含め総勢43名で大変な賑わいとなりました。
 調理指導してくれた帰国者の小田原さんと原田さんをかこんで、具を刻み粉をねる作業からはじまり、皆で皮をのばして包んでいくと個性的な餃子が出来あがり、会場はワイワイ、ガヤガヤ、の興奮状態となりました。
 大量の餃子が並んだところで会食。各テーブルからいっせいに「おいしい~」「うめ~」などの声があがりました。
 会食の合間に、原小倉支部長から「全国に先駆けて学生班として北九大班が生まれたことは画期的なこと」「50年代の平和友好祭には当時の北九大班は大型バスで参加した」などの話があり、学生たちは目をまるくして驚いていました。
 北九大班のメンバーが参加者へのお礼と自己紹介をした後、久留米大学班から「沙飛写真展の手伝いを通して班を結成しました」と報告されると、「ほーッ」と感心の声があがりました。
 自己紹介では、京劇公演の実行委員長をした三輪さんが夫婦で来られ「こんなに美味しい餃子が食べられて、本当に来て良かった」と語り、青年・学生たちは「はじめての人と会食できて楽しい」「中国のことが好きなのでいろいろ学んで交流したい」「友好祭で中国の留学生と話せて良かったです」などと語っていました。
 支部役員がびっくりするほど、皿に盛られた水餃子は次々と参加者の胃袋へとおさまり、この日の最高記録は35個でした。
 大量に作ったはずの水餃子がみごとに完食され、今後も北九大班と久留米大学班の交流をはじめ参加者の再会を願って名残惜しく宴は終わりました。

今後も楽しい企画を   野口貴史 北九大班
 今回、餃子会を企画して本場の水餃子を作り、そして実際に味わうことができて良い経験になったと思います。また、たくさんの人たちと交流することができて楽しい一日となりました。
 今後も楽しい企画を班の皆と一緒に計画していきたいと思います。

2009年 6月 9日 イベント, 中国帰国者, 沙飛写真展, 京劇, 筑後地区協議会 | | コメント (0) | トラックバック (0)

筑後・沙飛写真展 4支部の協力・努力で成功 (2009/4/2~4/5)

筑後・沙飛写真展 4支部の協力・努力で成功

Img_20090407_02 中国の報道写真家の草分けであり、第一人者であった沙飛の写真展が4月2日から4日間、実行委員会と協会筑後協議会の主催で久留米市において開かれました。
 この写真展は、昨年8月から8月間に亘って、久留米、大川、柳川、大牟田の4支部が会議を重ね、討議を深めて、各団体や多くの人々に参加や募金、広告などの協力をお願いして成功させました。
 協会の存在を広く宣伝するために、ポスター、チラシ、招待券、新聞、テレビなどの宣伝にも力を入れました。また、当日は高尾翠さん手づくりのパンフを入場者に無料で配り好評を博しました。
Img_20090407_03  武田正勝会長も3日間も会場を訪れ、スタッフを激励し、久留米大学学生と交流するなど、県連も準備段階から最後まで協議会と一体となって奮闘しました。武樹民中国総領事の祝電も披露されました。

2009年 4月 7日 イベント, 沙飛写真展, 筑後地区協議会 | | コメント (0) | トラックバック (0)

悲劇の中国・八路軍従軍写真家 沙飛がとらえた 日中戦争写真展 (2009/4/2~4/5)

悲劇の中国・八路軍従軍写真家 Img_20090319_01

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日本軍陣地におくりかえすことになり、
道中の無事を祈って栫さんの頭をなでる
聶将軍(1940年8月)。

 悲惨な抗日戦争中、沙飛のレンズをとおして撮られた、日本と中国の将来を見つめたヒューマニズムあふれる写真100点を展示します。八路軍の手によって、日本軍に届けられた栫(かこい)美穂子さんのエピーソードは、温家宝首相が日本国会で紹介され、話題になりました。魯迅の写真も注目です。

 沙飛写真展の本格的展示は福岡県内では初めてです。
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中国写真界の草分け・
多くの写真家を育てた
沙飛

日 時 2009年4月2日(木)~5日(日)
        9:30~19:00 (最終日は15:00まで)

会 場 久留米市・えーるピア久留米 (2階)
       諏訪野町 西鉄久留米駅から徒歩10分
入場料 無料
主  催 沙飛写真展実行委員会
    日中友好協会筑後地区協議会
            電話080-5245-7035

 (久留米筑後支部 大川三潴支部 柳川支部 大牟田準備支部)

後 援 久留米市教育委員会  大川教育委員会
       柳川市教育委員会  大牟田市教育委員会
       毎日新聞社        読売新聞西部本社

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2009年 3月 19日 イベント, 沙飛写真展, 筑後地区協議会 | | コメント (0) | トラックバック (0)

「沙飛写真展」開催成功に全力 

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筑後平野に、「三井三池」の街に
日中友好・平和の風を

「沙飛写真展」開催成功に全力

 中国写真界の草分け的存在であり、数多くの写真家を育て、激動の時代を生き、悲劇の生涯を閉じた従軍写真家・沙飛の写真展が、久留米市で開かれます。福岡県内においては、福岡市で沙飛写真の一部の展示は行われましたが、本格的写真展が開かれるのは、初めてです。これは、大川三潴、柳川、久留米筑後、大牟田の協会の筑後協議会が共同して市民にはたきかけ、実行委員会として開くもの。
 既に、馬奈木昭雄弁護士、石川隆文元大木町町長、武松輝男炭鉱研究家など多くの知名士や団体、個人が協力を約束しています。筑後地区協議会は、この写真展をとおして、市民に日中友好の大切さを訴え、協会の組織を大きく広げようと、筑後平野を、三井三池の街を駆け巡っています。

悲劇の従軍写真家

沙飛写真展

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日時  4月2日(木)~5日(日)
会場  久留米市・えーるピア久留米
         諏訪野町 西鉄久留米駅から徒歩10分
問合わせ  日中友好協会筑後地区協議会

   → 案内のページ

【関連企画】
  2009年2月14日(土) 講演会「悲劇の従軍写真家 沙飛と日中戦争」

【関連カテゴリ】
  福岡での「沙飛写真展」への取り組みをみる

2009年 2月 11日 イベント, 沙飛写真展, 筑後地区協議会 | | コメント (0) | トラックバック (0)

講演会 沙飛と日中戦争 来住新平氏 (2009/2/14)

講 演 会
悲 劇 の
従軍写真家
沙飛と日中戦争
沙飛研究者・協会全国常任理事
来住新平氏

日時  2月14日(土)午後3時30分
会場  久留米市・えーるピア久留米 210・211研修室 
        
諏訪野町 西鉄久留米駅から徒歩10分
定員  申し込み70名で締め切り
参加費 無料
主催  問合わせ 日中友好協会筑後地区協議会
  久留米  野田 電話 0942-53-6512 携帯080-5245-7035
  大川三潴 甲斐 電話 0944-87-7426
  柳川   金子 電話 0944-73-0241
  大牟田   矢田 電話 0944-57-5827

悲劇の従軍写真家

沙飛写真展

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日時  4月2日(木)~5日(日)
会場  久留米市・えーるピア久留米
         諏訪野町 西鉄久留米駅から徒歩10分
問合わせ  日中友好協会筑後地区協議会

  2008年7月29日~8月3日にアクロス福岡で行われた「沙飛写真展」のページをみる
  福岡での「沙飛写真展」への取り組みをみる

2009年 1月 18日 講演, 沙飛写真展, 筑後地区協議会 | | コメント (0) | トラックバック (0)

「悲劇の従軍写真家 沙飛写真展」開催  2009年4月

悲劇の従軍写真家
沙飛 写真展

■ 日時 2009年4月2日(木)~4月5日(日)

■ 会場 久留米市・えーるピア久留米
        諏訪野町 西鉄久留米駅から徒歩10分

■ お問い合わせ
   日本中国友好協会筑後地区協議会
           久留米 0942-53-6512
           大川三潴 0944-87-7426
           柳川 0944-73-0241
           大牟田 0944-57-5827



 中国写真界の草分け的存在であり、数多くの写真家を育て、激動の時代を生き、悲劇の生涯を閉じた従軍写真家・沙飛の写真展が、久留米市で開かれます。
 日本で初めての沙飛の写真展が、昨年4月から全国各地で公開され、話題になっています。
 福岡県内においては、福岡市で沙飛写真の一部の展示は行われましたが、本格的写真展が開かれるのは、初めてです。


 沙飛 (さひ)

 魯迅の影響を強く受け、その臨終に立ち会い撮影した魯迅のデスマスクの写真が、その後の沙飛の運命を決めた。
 抗日戦争下の前線で、後方で、沙飛はシャッターを押し続けた。
 万里の長城での戦闘 ・ 中国軍の捕虜となり反戦活動に身を投じる日本兵たち ・ 救出された日本人少女と八路軍の司令官 ・ 農民の生活や八路軍による開墾作業 ・ 貧しい子供たち ・ 中国人の戦傷兵や病人を治療するカナダ人医師 ・ 中国共産党代表と国民党代表が米国特使とともに談笑する写真 など、沙飛の残したフィルムには、日中戦争と中国革命の歴史的な場面が刻まれている。
 中国写真界の草分け的存在であり、数多くの写真家を育てた。

 1949年12月、悲劇が起こった。彼は新中国建設に貢献した日本人の津沢勝医師を入院先の病院で射殺し、死刑に処せられた。
 それから36年後の1986年、精神病であり、責任を問える状態ではなかったこと証明され、沙飛の名誉回復が実現する。
 津沢医師は2007年ベチューン国際平和病院から「国際友人」栄誉賞の顕彰が与えられ、池谷多鶴子医師(津沢医師の長女)が受けた。

 救出された栫(かこい)美穂子さん(当時4歳)は、宮崎県都城市に在住。このエピソードがきかけとなり、都城市と中国重慶市江津区の友好交流都市提携となり、交流がつづいています。1980年に美穂子さんは40年ぶりに聶将軍と再会されました。
 2005年、来住新平・日中友好協会都城支部長らが沙飛さんの次女・王雁(おうがん)さんに会い、日本初公開となる沙飛写真展を企画。
 そして、昨年(2008年)4月からの写真展に来日した、沙飛さんの次女・王雁さんと三女・王少軍さんは、都城での写真展で栫美穂子さんと一緒にテープカットをしました。

2009年 1月 18日 イベント, 沙飛写真展, 筑後地区協議会 | | コメント (0) | トラックバック (0)

大牟田で支部再建会議を開く (2009/9/9)

「三井三池炭鉱の街」大牟田で
支部再建会議を開く

Img_20081001_03  日中友好協会大牟田支部再建のための第一回会議が、9月9日、大牟田市で開かれました。
 大牟田は、かつては三井三池炭鉱の名で全国に知られた労働者の街。太平洋戦争中、二千五百名余の中国人が強制連行され、五百六十四名の尊い命が奪われました。大牟田市でも日中友好協会は早い時期に結成され、活発に活動を行っていましたが、中国と交流が正常化される前に、あいついで活動家がなくなり、活動は停滞していました。
 しかし、「絶対に大牟田の日中友好の灯は消さない」という矢田正剛さん、堀栄吉さんらの心血注いだ奮闘の末に、ついに支部再建会議がもたれました。会議の後、昼食をとりながら懇親を深めました。当日は、「三池炭鉱中国人殉難者慰霊塔」を守るために永年、力を尽くしてきた兵藤重郎さんご夫妻も参加され、慰霊塔の環境・条件整備の取り組みなどについて方針を決めました。また、北京風雷京劇団公演、「沙飛写真展」、日中友好カレンダーの普及の取り組みについても討議し、力を尽くすことにしました。このような活動の中で、支部再建を来春に行うことにしました。
 さっそく、9月13日には、「中国人殉難者慰霊塔」で、9名が参加して、「旧盆会・慰霊のつどい」を行いました。

2008年 10月 2日 沙飛写真展, 大牟田支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

沙飛写真展 開催に向けて準備を進める 筑後地区協議会 (2008/9/25)

沙飛写真展  開催に向けて準備を進める

Img_20081001_01  筑後地区協議会は9月25日、4支部から5名の代表が参加して会議を開きました。当日は甲斐悟氏を座長に選び、松山盛利県連事務局長の第4回県連理事会の決定事項の報告をもとに、主に次の5点について討議を深め、4支部が協力して運動を進めることを確認しました。
 ①北京風雷京劇団福岡公演 成功のために、宣伝を強め、チケットを普及する ②沙飛写真展 4月開催に向けて準備を進める ③ニュース 協議会として月1回発行する。このため、各支部は原稿を毎月10日までに送る ④中国人殉難者慰霊塔 すでに維持管理を行うために、話し合いを進めている。広大な敷地であることから、管理を市が責任をもって行うように、議員などの協力も得て、「日中不再戦」の学習・講演会も行いながら運動を進める。 ⑤組織拡大 準備支部は正支部とする。大牟田は来春までにつくる。⑥日中友好カレンダーの普及に取り組む

2008年 10月 2日 イベント, 沙飛写真展, 筑後地区協議会 | | コメント (0) | トラックバック (0)

平和のための戦争展ふくおか (2008/7/29~8/3)

戦争展を中国総領事が見学

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 福岡市天神アクロスで、7月29日から8月3日の6日間、第14回目の、『平和のための戦争展ふくおか』が開かれました。
 この戦争展には二千百名の市民が訪れました。2日の日には中国駐福岡総領事館の武樹民総領事が訪れました。総領事一行3名は、中国の写真家・沙飛の写真展や原爆、博多の町が被災した空襲のこと、日本国憲法、折り鶴のコーナーを熱心に見て回られました。特に日本国憲法のコーナーでは、石村善治先生に日本の憲法9条のことを熱心に聞いていました。
 戦争展を中国の総領事が見学をされるのは初めて。日本と中国のまた、アジアの平和への認識の新たな展開になればいいなと思いました。(Y)

2008年 8月 9日 イベント, 平和のための戦争展, 沙飛写真展 | | コメント (0) | トラックバック (0)

「沙飛がとらえた日中戦争」写真展 (2008/7/29~8/3)

「沙飛がとらえた日中戦争」写真展

      「平和のための戦争展ふくおか」特別展示

■ 2008年7月29日~8月3日
■ 10:00~20:00(8月3日のみ17:00まで)
■ アクロス福岡 交流ギャラリー
           (福岡市中央区天神)
■ 入場無料

■ お問い合わせ
     平和のための戦争展ふくおかを成功させる会
          092(473)4207/090(8226)3493

 

沙飛 さひ
 魯迅の影響を強く受け、その臨終に立ち会い撮影した魯迅のデスマスクの写真が、その後の沙飛の運命を決めた。
 抗日戦争下の前線で、後方で、沙飛はシャッターを押し続けた。  万里の長城での戦闘 ・ 中国軍の捕虜となり反戦活動に身を投じる日本兵たち  ・ 救出された日本人少女と八路軍の司令官  ・ 中国人の戦傷兵や病人を治療するカナダ人医師  ・ 中国共産党代表と国民党代表が米国特使とともに談笑する写真 など、 沙飛の残したフィルムには、日中戦争と中国革命の歴史的な場面が刻まれている。
 中国写真界の草分け的存在であり、数多くの写真家を育てた沙飛。
 1949年12月、悲劇が起こった。彼は新中国建設に貢献した日本人の津沢勝医師を入院先の病院で射殺し、死刑に処せられた。
 それから36年後、精神病による事件であったことが証明され、沙飛の名誉回復が実現する。

 激動の時代を生き、悲劇の生涯を閉じた従軍写真家・沙飛。 この沙飛の写真展が、中国大使館などの協力のもとに日本で初めて4月から公開されている。

 そして、福岡では、「平和のための戦争展ふくおか」の特別展示として初公開する。

 『悲劇の従軍写真家
     沙飛の日中戦争』
 □東京  4月12日~16日
   O美術館
 □都城  4月24日~29日
   都城ウエルネス交流プラザ
 □熊本  5月 8日~12日
   熊本市民会館ホール
 □鹿児島 5月21日~25日
   宝山ホール
 □大阪  8月20日~23日
   梅田・茶屋町 日中文化センター

2008年 7月 21日 イベント, 平和のための戦争展, 沙飛写真展 | | コメント (2) | トラックバック (0)

平和のための戦争展ふくおか (2008/7/29~8/3)

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■特別展示
  「沙飛がとらえた日中戦争」写真展

□お問い合わせ
  平和のための戦争展ふくおかを成功させる会
            092(473)4207/090(8226)3493

2008年 7月 8日 イベント, 平和のための戦争展, 沙飛写真展 | | コメント (0) | トラックバック (0)

沙飛も津沢医師も日本軍国主義の犠牲者 (2008/4/19)

沙飛も津沢医師も日本軍国主義の犠牲者
次女・王雁さんを迎えて講演会開く
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Img_20080419_02 4月19日、福岡市で「沙飛と日中戦争」の講演会が沙飛の次女・王雁さんを迎えて開かれ、緊急の取り組みにかかかわらず、40名の市民が参加しました。
 王雁さんは「沙飛は、ペンネーム。一粒の砂となって、祖国のために自由に飛びまわりたいとの願いがこめられている。多数の国民が侵略者によつて殺され、人権を踏みにじられている戦いの中で、多くの写真を全国に紹介し、決起することを願ってシャッターを押し続けた」と父親である沙飛を紹介しました。また、過度の疲労のために精神を患い主治医を射殺したことの経過にふれ、「父も津沢医師も日本軍国主義の犠牲者です」と涙して語りました。そして、「日中友好協会の努力で写真展が開催されることを嬉しく思います。日中両国民の友好を深めるために、ぜひ、日本各地で引き続き開いてほしい」と訴えました。

2008年 4月 27日 講演, イベント, 沙飛写真展 | | コメント (0) | トラックバック (0)

王雁女史が語る「沙飛の日中戦争」 (2008/4/19)

「アジアのキャパ」沙飛研究の第一人者 王雁女史が語る「沙飛の日中戦争」

日 時 : 4月19日(土) 18時30分
場 所 : あいれふ 
福岡市中央区舞鶴2-5-1 8階研修室A  電(092)715-2662
参加費 : 500円
申 込 : 日中友好協会福岡県連合会まで  (定数50名締切)

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戦場に置き去りにされていたところを八路軍兵士により救出された、栫(かこい)美穂子さん(右・当時4歳・現都城在住)と、八路軍の聶栄臻(じょうえいしん)将軍(左) (1940年・沙飛写す)
 
沙飛 魯迅の影響を強く受け、その臨終に立ち会い撮影した魯迅のデスマスクの写真が、その後の沙飛の運命を決めた。
 抗日戦争下の前線で、後方で、沙飛はシャッターを押し続けた。万里の長城での戦闘・中国軍の捕虜となり反戦活動に身を投じる日本兵たち・救出された日本人少女と八路軍の司令官・中国人の戦傷兵や病人を治療するカナダ人医師・中国共産党代表と国民党代表が米国特使とともに談笑する写真など、沙飛の残したフィルムには、日中戦争と中国革命の歴史的な場面が刻まれている。
 中国写真界の草分け的存在であり、数多くの写真家を育てた沙飛。
 1949年12月、悲劇が起こった。彼は新中国建設に貢献した日本人の津沢勝医師を入院先の病院で射殺し、死刑に処せられた。それから36年後、精神病による事件であったことが証明され、沙飛の名誉回復が実現する。
 激動の時代を生き、悲劇の生涯を閉じた従軍写真家・沙飛。この沙飛の写真展が、中国大使館などの協力のもとに日本で初めて4月から公開される。
 この歴史的公開に当たり、沙飛研究者であり、中国解放戦争の研究者である沙飛の長女・王雁女史が来日し、福岡において市民と交流を行う。

 王雁女史の略歴
 1946年生まれ。広州中山大学卒業。1995年「世界反ファシスト戦争、中国抗日戦争勝利60周年」の折、広州、北京などで「沙飛・石少華(沙飛の元同僚、新華社で活躍)写真展」を実施。上海、西安、石家荘、北京などで「沙飛撮影展」を巡回。沙飛の戦友、親戚など100人近くに取材を行い、1300余の沙飛の写真を整理。沙飛の歩み、仕事、作品などを調査した。中央電視台、広東電視台、広州電視台、上海電視台などで、王雁への取材を通じた沙飛のドキュメンタリーが放送された。
 著書に、『沙飛記念集』『鉄の証拠・わが父沙飛』『沙飛写真全集』などがある。2005年には広東美術館や中山大学伝播設計学院「沙飛影像センター」とともに「沙飛撮影賞」設立に携わる。沙飛撮影賞は沙飛精神の発揚、すなわち写真撮影を通じて、社会と人類に自らの命運を捧げて大きな業績を残した個人、及び、写真撮影と画像使用において、社会に大きな影響を与えた者に授与される。
 沙飛の写真展
「平和のための戦争展ふくおか」
(7月29日~8月3日
福岡市・アクロス福岡)
で特別展示される。
また、県内各地で開催計画中。
 2007年、王雁の計画により、沙飛の教え子である顧棣が著者、司蘇実が特別編集者となり、大型文献画集『中国解放区撮影史録』が08年出版予定である。そこには、中国の戦争時代に英雄撮影隊が残した貴重な記録が収録される。

共催 日中友好協会福岡県連合会
    福岡日中文化センター

   福岡市中央区渡辺通2-8-23
   電話・ファックス:092-761-0604



『悲劇の従軍写真家 沙飛の日中戦争』全国巡回開催します。
  □東 京 4月12日~16日・O美術館
  □都 城 4月24日~29日・都城ウエルネス交流プラザ
  □熊 本 5月 8日~12日・熊本市民会館ホール
  □鹿児島 5月21日~25日・宝山ホール
  □大 阪 8月20日~23日 ほか全国順次公開
→協会本部で案内

2008年 3月 28日 講演, イベント, 沙飛写真展 | | コメント (0) | トラックバック (0)