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二胡演奏に支援の輪  『被災地に届け友情のハーモニー』  被災した劉福君さん(二胡奏者)らチャリティーで

二胡演奏に支援の輪  『被災地に届け友情のハーモニー』  被災した劉福君さん(二胡奏者)らチャリティーで

被災地に届け友情のハーモニー
被災した劉福君さん(二胡奏者)らチャリティーで
   
 「熊本地震被災地支援二胡チャリティーリサイタル」に300人が来場。
 熊本在住で自らも被災した二胡奏者の劉福君さん、上海から応援に駆けつけた高揚さん、揚琴の瀋兵さん、ピアニストの古閑恵美さんら4人の素晴らしい演奏に会場中が酔いしれました。

二胡演奏に支援の輪  『被災地に届け友情のハーモニー』  被災した劉福君さん(二胡奏者)らチャリティーで

 5月中旬、劉福君さんから、県連に「被災地支援の二胡チャリティーリサイタルを行いたい」と申し入れがあり、短期間でしたが被災地支援と中国の伝統音楽・二胡の演奏を聞きたいという方々の情熱に支えられ成功しました。

二胡演奏に支援の輪  『被災地に届け友情のハーモニー』  被災した劉福君さん(二胡奏者)らチャリティーで
写真上、左から劉さん・高さん
写真左、左から演奏する高さん・劉さん・瀋さんたち
   

 松山県連会長は「1953年の大水害の時、建国間もない中国から当時のお金で1800万円の義援金が届けられた。 1998年の中国全土を襲った大水害の時は、劉福君さんと支援コンサートを取り組み、それ以来、民間交流による日中友好の絆が強く深くなってきた」とあいさつ。

 劉福君さんは、「日中両政府間にはギクシャクしている面もあるが、民間交流と文化交流を通じて友好発展に努力していきたい」と感謝の気持ちを述べました。

 演奏された、「万馬奔騰」「競馬」では、万馬のいななきや駆ける蹄のひびきを表情たっぷりに演奏、会場は興奮に包まれました。
 呼びかけられた募金57310円とコンサートの収益金は、全額熊本県に届けられます。

2016年 9月 28日 イベント, 交流, 二胡 | | コメント (0) | トラックバック (0)

 静吟会のご案内    毎週火曜日 福岡日中文化センター 

     静 吟 会 の ご 案 内

静吟会は、平和的芸術的詩吟の発展および全国的普及を願って、1974年に誕生した詩吟の会です。

とかく世間では、詩吟を酒席の余興とみたり、詩吟と剣舞を結びつけて考えたりしがちですが、静吟会では、詩吟は単なる芸能ではなく趣味から教養へ、教養から芸術へと、あくまでも大衆性のある芸術を目指して進むべきだとしています。

静吟会では、日本と中国の漢詩の中で、自然と人生をより深く味わうことのできる名詩を中心に吟じており、その吟風は芸術的かおりの高いものです。年中行事の一つとして、広島の平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデルになった佐々木禎子さんのお墓(福岡市南区妙靜寺)を毎年8月に訪ね、この像に寄せて詠まれた漢詩「原爆少女の像」を墓前で吟じて平和への思いを新たにしています。

静吟会の特徴の一つは、下にあるような「九線譜」を使って節回しの練習をしていることです。わかりやすく工夫されていますので、すぐに詠えるようになります。また、この会では、家庭的雰囲気や人と人との出会いを大切にしています。詩吟に関心のある方はどなたでも入会できます。ご連絡をお待ちしています。

連絡先 福岡市中央区渡辺通2-8-23 樋口ビル3F
      福岡日中文化センター内  (℡) 092-751-9754

静吟会のご案内

静吟会のご案内

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2016年 7月 23日 福岡日中文化センター, 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

悠久の中国  『漢詩で辿る河西回廊の旅』  ~咸陽・天水・蘭州・武威・張掖・酒泉・嘉峪関・敦煌~  10月26日(水) から1 1月3日(木) 8泊9日

日中友好・アジアの平和を  自然・歴史・文化にふれあう
第17回日中企画の旅

漢詩で辿る河西回廊の旅
咸陽・天水・蘭州・武威・張掖・酒泉・嘉峪関・敦煌

10月26日(水) から1 1月3日(木) 8泊9日
旅行代金:205,000円
(1室2名・空港税・燃油料は別途)

2016
10/26
(水)
福岡より西安へ
(上海浦東空港にて乗り継ぎ)
西安到着後、ガイドと合流、 西安泊
10/27
(木)
西安~◎【咸陽博物館】見学~
◎【宝鶏青銅器博物館】中国初の青銅器博物館見学
天水で夕食、ホテルへ  天水泊
10/28
(金)
朝食後,専用車で◎【麦積山石窟】(中国4大石窟の一つ)を観光
~蘭州へ        蘭州泊
10/29
(土)
◎【甘粛省博物館】を見学~武威へ
◎中国3大孔子廟【文廟】観光
◎青銅製「奔馬」出土【漢墓雷台】へ
◎【大雲寺】など観光   武威泊
10/30
(日)
張掖へ◎【大仏寺】見学、一本も釘を使わず建てられた【万寿寺木塔】
◎七彩山【丹霞国家地質公園】観光
酒泉へ,明代の【鐘鼓楼】車窓から
◎【酒泉公園・勝跡】観光
◎【夜光杯工場】見学   酒泉泊
10/31
(月)
◎万里の長城西端【嘉峪関】を観光
◎【楡林窟】(玄奘取経図・唐代壁画弥勒浄土変)など見学
名物の「砂鍋」を賞味    敦煌泊
11/1
(火)
◎砂漠の大画廊【莫高窟】を見学
◎漢の西端関所【玉門関】
◎漢詩に詠われた【陽関】の見学
  敦煌泊
11/2
(水)
◎【鳴沙山・月牙泉】を観光
午後初の航空機で西安へ
直後ホテルへ       西安泊
11/3
(祝)
空路上海へ
乗り換え福岡へ

◎お申込み・お問合せ◎
▲企画:日中友好協会福岡支部
      福岡日中文化センター
〒810-0004 福岡市中央区渡辺通2-8-23 樋口ビル3階
TEL/FAX:092-761-0604 E-Mail:nc.fukuoka@gol.com

▲旅行主催:
日中平和観光株式会社
   観光庁長官登録旅行業第79号・JATA正会員
   総合旅行業務取扱管理者  永田 敏彦
 福岡市博多区博多駅前2-20-15第七岡部ビル6階
 担当:西郷
 ℡:092-473-8981 FAX:092-481-0569

旅行の前に

2016年 7月 23日 イベント, 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

熊本地震被災地支援 「高揚・劉福君 二胡チャリティーリサイタル」 7月30日(土) 福岡市立中央市民センター

熊本地震被災地支援
高揚・劉福君 二胡チャリティーリサイタル

■日時 : 7月30日(土)  開場 13:30  開演 14:00
■出演 : 高揚(二胡) 劉福君(二胡) 瀋兵(揚琴) 古閑恵美(ピアノ)
■会場 : 福岡市立中央市民センター
         福岡市中央区赤坂2丁目5番8号               TEL 092-714-5521
■会費 : 2,000円(当日 2,500円)
■主催 : 日本中国友好協会福岡県連合会
■共催 :劉福君二胡教室
■連絡先 :               日本中国友好協会福岡県連合会    092-761-0604
         劉福君二胡教室  096-353-2805

2016年 6月 22日 イベント, 交流, 二胡 | | コメント (0) | トラックバック (0)

気軽に参加できる・江南春の旅 ~悠久の中国~ 自然・歴史・文化にふれあう [第15回 日中企画の旅]

第15回 日中企画の旅

悠久の中国 自然・歴史・文化にふれあう   江南春の旅

5月21日(土) から24日(火) 3泊4日

旅行代金:102,000円 (空港税・燃油料は別途)
 *日中友好協会・文化センター会員は割引:3,000円
 *一人部屋追加料金: 18,500円(3泊)
 ◆募集定員:30人(最小催行人数:15人) 
 ◆申込み締め切り:4月16日(土)
 ◆「申込書」にご記入の上、パスポートのコピーと併せて
   持参、郵送又はファックスで事務局にお申し込みください

お問合せ・申込みは:☎  092-761-0604
     日中友好協会福岡支部

日時 都市 時間 交通
機関
主なスケジュール
5/21
(土)
福岡
浦東
上海
9:50
10:25
  
MU532

専用車
 中国東方航空にて上海着、浦東空港で現地ガイドと合流後、市内宝山・閘北区の『上海事変』関連地をめぐります。
 800人の守備隊を讃える「四行倉庫抗戦記 念館」、日本の謀略により軍事衝突が起こった「一二八記念路」、『肉弾三勇士』を『愛国美談』に仕立て上げた舞台「廟行鎮」を経由し、「上海淞滬抗戦記 念館」を見学。
 その後、外灘(ワイタン)・黄浦江公園を訪ねます。 【上海泊】
5/22
(日)
上海
蘇州
周荘
上海
  専用車  朝食後、日帰りの、水郷蘇州・周荘観光へ出発します。
 蘇州では、張継の漢詩「楓橋夜泊」で有名な「寒山寺」、宋代に建てて、400年前から地盤沈下のため傾き始めた斜塔と剣池で有名な「虎丘」、蘇州4大名園の一つ「留園」を巡ります。
 水郷古鎮の「周庄」では、周庄博物館など小舟と徒歩で巡ります。
5/23
(月)
上海   専用車  上海市内を巡ります。まず虹口区(旧日本人居住区)の「魯迅公園」内の「魯迅墓」、原稿、文献写真、遺物などが展示されている「魯迅記念館」「魯迅故居」を見学。
 また、魯迅などがつどった「内山書店」旧跡(現・中国商工銀行)も訪ねます。
 「新天地」にある第1回全国大会が行われた「中共大会址記念館」を見学します。
 黄埔区・南京路周辺の散策へ・夕食後、名物の「上海雑技」を観覧します。
5/24
(火)
上海
浦東
福岡
 
18:10
20:50
専用車
MU531

 
 朝食後、上海市内の観光へご案内いたします。
 上海の古い町「上海老街」:豫園、豫園商場、上海博物館をゆっくり楽しんで、
 上海の新しい町へ、東方明珠などが建ち並ぶ「浦東地区」を車窓から楽しみながら空港へ。・上海(浦東)国際空港より空路、帰国の途へ。 福岡国際空港到着。

 

2016年 3月 23日 イベント, 交流, 福岡支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

山東の世界遺産 泰山・三孔を巡る旅 ”青島では「政協会議」の大歓迎” 日中友好協会福岡支部 (10月31日~11月4日)

山東の世界遺産 泰山・三孔を巡る旅 ”青島では「政協会議」の大歓迎” 日中友好協会福岡支部 (10月31日~11月4日)

山東の世界遺産 泰山・三孔を巡る旅 ”青島では「政協会議」の大歓迎” 日中友好協会福岡支部 (10月31日~11月4日)

 日中友好協会 福岡支部の第14回「悠久の中国・山東の〝世界遺産〟泰山・三孔を巡る旅」は、10月31日から11月4日まで5日間行ってきました。
 参加者は総勢17名。

 31日韓国仁川を経由して、済南市からその日のうちに、泰安市に入り、1日朝7時過ぎからホテルを出発、泰山に向かいました。
 10時頃には頂上下の、昨夜の雪がかすかに残る「南天門」に到着。
 7千段と言われる石段を昨晩から登って来た若者、孫に手を引かれる老人などと挨拶しながら、「五岳独尊」などの石刻を見ながら、玉皇頂まで登りつめました。
 下山して、歴代皇帝などが封禅した「岱廟」を参観して、曲阜へ入りました。

 2日、曲阜は孔子の街で、ホテルを出るとすぐ「孔廟」の城壁があり、城門では、歓迎の踊りと、音楽が響いています。
 流石「楽」を貴ぶ孔子の郷です。
 紫禁城を模したと言われる「孔府」、歩いて回れば半日はかかるほど広大な孔子の子孫たちの墓地「孔林」は、林の中の墓碑の数は不詳?だそうです。
 昼から、山東省省都の済南に向かって高速道路を北上。
 済南は水の都で、先ず市の中心部に広がる「大明湖」を見てまわり、次いで〝天下第一泉〟といわれる「趵突泉」をみました。
 この公園には、1928年5月3日の、日本軍の「山東出兵」による虐殺事件を記念した「五三惨案紀念館」があり、閉館間際の慌ただしい時間に見学することができました。

 3日は済南駅から「新幹線」に乗って沿線の景色を楽しみながら青島駅に着き、昼食の「麗晶大酒店」に入ると、「熱烈歓迎日本国福岡県日中友好訪問団光臨青島!」と大書した赤い横断幕が私たちを迎えてくれました。
 歓迎の大宴会では、政協会議青島市委の李学海副主席から暖かいスピーチから始まり、大井信明団長のお礼が交換され、心温まる交流となりました。
 これは全て、青島で育った帰国者の川添緋砂子さんの心のこもったアレンジによるもので、旅行団一同、驚きと感謝の気持ち、日中ふたつの祖国を思う川添さんの心情の深さを感じて、涙ぐむ人もいました。

 

2015年 12月 7日 イベント, 交流, 福岡支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

総領事館が試みた初めての企画 「留学生と国留学体験者の交流会」 10月30日 福岡中国総領事館

総領事館が試みた初めての企画 「留学生と国留学体験者の交流会」 10月30日 福岡中国総領事館総領事館が試みた初めての企画 「留学生と国留学体験者の交流会」 10月30日 福岡中国総領事館

総領事館が試みた初めての企画 「留学生と国留学体験者の交流会」 10月30日 福岡中国総領事館

 10月30日、福岡中国総領事館で、福岡総領事館の全スタッフと在九州の中国留学生と中国留学体験者の交流会がありました。
 日本で初めて福岡総領事館が試みた企画です。

 日中友好協会福岡県連からは、4人が参加しました。
 日本人参加者は、中国人の世話をする人、北京放送の元アナウンサー、中国語の先生、友好運動をする人等多岐に渡りました。

 第1部は体験交流会。
 3グループに分かれて意見交換しました。
 中国での体験を語る人、現在の仕事を話す人、未来の日中関係への思いを語る人など、話が非常にバラエティに富んで楽しいものでした。

 第2部は、立食会。
 参加者との交流に花が咲き、歌あり、踊ありで楽しいひとときを過ごしました。

 最後は、日本人も中国人も老いも若きも壇上に上がり、全員で「四季の歌」を合唱。
 別れを惜しんでか、更に繰り返して大合唱をしました。
 大変高揚した有意義な交流会となり、同じ目線での交流という実にすがすがしい気持ちで領事館を後にしました。

2015年 12月 7日 留学, 交流, 福岡県連合会 | | コメント (0) | トラックバック (0)

中国大使 程永華氏 「慰霊碑建立に感謝」 県連会長ら四名 中国人殉難者座談会に出席

中国大使 程永華氏 「慰霊碑建立に感謝」 県連会長ら四名 中国人殉難者座談会に出席
中国大使 程永華氏 「慰霊碑建立に感謝」 県連会長ら四名 中国人殉難者座談会に出席
中国大使 程永華氏 「慰霊碑建立に感謝」 県連会長ら四名 中国人殉難者座談会に出席

 九月十八日、中国大使館主催の「中国人殉難者慰霊碑維持管理者座談会・懇親会」に招待され、田川から一番ヶ瀬宗幸県連会長と中村仁美支部事務局長、大牟田から堀榮吉支部副支部長、県連から星野信事務局長が出席しました。

 全国から二十八ヶ所で慰霊碑を維持管理している代表五十七人が参加、熱心な報告が行われました。

 主催者側は程永華大使、劉少賓・郭燕公使、汪婉大使夫人ら参事官と福岡・長崎・札幌・新潟・大阪・名古屋の各総領事館の代表が列席。
 程永華大使は「中国人の殉難者を哀悼して慰霊碑を建立し、今日まで慰霊祭を続けてこられたみなさんに感謝します。八十四年前の九月十八日は日本の軍国主義者が『柳条湖事件』をきっかけに中国に対する侵略を始めた日、歴史を振り返り平和を願う重要な日です。正しい歴史感を銘記していかなければなりません。後世に伝えるために関係資料をまとめていきたい」と意欲を示しました。

 一番ヶ瀬会長が田川の慰霊碑の取り組みを、星野事務局長が大牟田の同取り組みを報告しました。
 懇親会は少ない時間でしたが福岡総領事館張梅副総領事と懇談して交流を深めました。

2015年 12月 7日 中国人強制連行・強制労働事件, 交流, 福岡県連合会, 大牟田支部, 田川支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

 『望郷の鐘』  戦後70年 ぜひ観てほしい映画です  福岡県内各地で上映 

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<上映日程>

福津市 中央公民館大ホール
      11月21日(土) ①11時 ②14時

宗像市 河東コミセン多目的ホール
      11月22日(日) ①11時 ②14時

筑紫野市 生涯学習センター
      11月20日(金) ①14時30分 ②19時

久留米市 えーるピア
      2016年3月1日(金) 時間未定

◎その他、県内各地で準備中


(これまでの上映)
7月11日(土) 福岡 コミセンわじろ 
7月18日(土) 福岡・中央市民センター 
7月21日(火) 福岡 早良市民センター 
8月30日(日) 田川 青少年文化ホール 
9月11日(金) 戸畑区 ウェル戸畑 
7月10日(金) 北九州ムーブ大ホール 
9月12日(土) 八幡西区 黒崎子どもの館 
8月23日(日) 春日市・クローバーホール 
9月5日(土) 飯塚市 コミニティセンター 
8月8日(土) 八女市 おりなす八女 
8月28日(金) 大牟田市 大牟田文化会館 



 
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映画 『望郷の鐘』 ホームページはこちら。

  ダイジェスト動画


 みずからも満州で過酷な体験をしながら、生涯を残留孤児たちの肉親さがしに捧げ、献身的な愛で支えた山本慈昭。 その生涯をたどった物語。

 

2015年 10月 26日 イベント, 中国帰国者, 中国残留孤児, 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

第3回日中友好  囲碁大会  10月4日(日)  福岡日中文化センター 

第3回日中友好  囲碁大会  10月4日(日)  福岡日中文化センター 

ダウンロード igo_2015_1.pdf (742.6K)

2015年 9月 8日 イベント, 交流, 日中文化講座 | | コメント (0) | トラックバック (0)

平和のための戦争展 ふくおか 2015 「語り継ごう戦争と平和 そして憲法!」 8月18日(火)~23日(日) アクロス福岡

入場無料

2015年8月18日(火)
 ~8月23日(日)

  連日10:00~19:00

      (最終日は17:00まで)
アクロス福2F 交流ギャラリー

平和のための戦争展 ふくおか 2015
  アジア太平洋戦争終結、
  広島・長崎原爆投下70年

語り継ごう戦争と平和
       そして憲法!
  

■ 戦争は「嫌だ!」
   西山進 漫画展
         新作書き下ろし

■ ジョイント企画
 核戦争防止・核廃絶を求める
 福岡県医師・歯科医師の会総会

記念講演
     講師  吉岡 斉 (九州大学大学院教授)

 「混迷する原子力発電  復活政策の現状と行方」

 8月22日(土) 16:00~17:30
  アクロス福岡2Fセミナー室
  

□ 主催
    「平和のための戦争展ふくおか」を成功させる会
     福岡市博多区住吉2‐17‐14‐202
        TEL/FAX 092‐473‐4207

2015年 8月 3日 イベント, 交流, 平和のための戦争展 | | コメント (0) | トラックバック (0)

人生に友好の歴史あり③ 「受講生は1万人 中国語教師で生涯現役」  吉武健児さん(福岡・80歳)

人生に友好の歴史あり③ 「受講生は1万人 中国語教師で生涯現役」  吉武健児さん(福岡・80歳)

中国語教師で生涯現役

人生に友好の歴史あり③ 「受講生は1万人 中国語教師で生涯現役」  吉武健児さん(福岡・80歳)
吉武健児さん(福岡・80歳)
   「一声はもっと高く、中国人には通じませんよ」張りのある声が教室に響きます。
 半世紀以上も友好運動に携わり、その大半は中国語教師の吉武健児さん。
 高低をはっきり発声する指導は定評、現役の教師です。

 文化大革命の困難な時期に県連の事務局長を務め六十年の歴史を支えてこられました。
 八十歳とは思えないその立ち居振舞いに、信念に裏付けられた生き方が表れています。

遺骨を抱いて父が帰国
中国語で方言も聞く

 一九三五(昭和十)年一月、宗像大社の近くで出生。
 山西省へ輜重(運輸)部隊で出征していた父親が終戦前、戦友の遺骨を抱いて帰国。
 当時五~六歳だった吉武さんは毎日、中国の話や中国語の方言などを聞いて育ちました。

 その影響もあったのでしょうか、「貿易関係の仕事がしたい」と北九州大学の中国科に進みます。
   

北九州大学で中国科を専攻
故深谷さんと運命の出会い

 その頃、大学に出入りしていた故深谷節子さんから中国語の歌などを教えてもらいます。
 深谷さんは中国で終戦を迎え、解放軍の文工隊として各地を転戦、帰国後は日中友好運動を推進した大先輩。
 二十四歳だった吉武さんはこの出会いをきっかけに協会小倉支部に入会。
 国交回復前、全国で取り組まれた「京劇公演」の北九州開催に青春の情熱を燃やします。
   

運動の傍ら中国語教師
大学では人気投票第一位

 卒業後は万年筆会社の営業マンに。
 毎週水曜日、仕事が一段落した夕方から福岡市天神の天満宮一角にあった協会事務所で中国語教室の講師を努め、終了後会社へ戻るという生活。
 その後、仲間の紹介で九大生協の食堂で働きます。

 当時福岡支部には三百人の青年部員がいて活動も活発、「恋の花」が幾つも咲き、吉武さんは初代書記長になりました。
 一九六六年、三十歳で協会の専従職員に、文革の影響で会員が四分の一に激減するなど困難もありましたが、事務局長として五十歳までの二十年間、友好運動を最前線で支えます。

 旧友の紹介で五十一歳から西南大で中国語の非常勤講師に、その後福大・中村大・九州国際大・九州共立大などで講師を務め受講生は約一万人。
 西南大学園祭の「講師の人気投票」ではナンバーワンになりました。
   

国民的な友好が基礎
切り開いてきた道一筋に

 事務局長時代は帰国者の方から昼夜を問わず住居や仕事、家族の相談が寄せられ寸暇を惜しんで対応、「協会は心の拠り所」と語ります。
 「国民的な友好が基礎」と自らの体験から得た信念に揺らぎはありません。
 その不動の姿勢は吉武さんを知る人々に友好運動への希望と確信を与え続けています。

 

2015年 7月 5日 交流, 日中文化講座 | | コメント (0) | トラックバック (0)

 『望郷の鐘』  戦後70年 ぜひ観てほしい映画です  福岡県内各地で上映 

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福岡 コミセンわじろ

 7月11日(土)①14時30分②18時30分

福岡・中央市民センター

 7月18日(土)①11時 ②14時

福岡 早良市民センター

 7月21日(火)①14時30分②18時30分

田川 青少年文化ホール

 8月30日(日)①10時②14時③18時

戸畑区 ウェル戸畑 

 9月11日(金)14時30分

北九州ムーブ大ホール

 7月10日(金)①11時②14時

八幡西区 黒崎子どもの館

 9月12日(土) ①14時30分②18時
春日市・クローバーホール

 8月23日(日)①10時30分②14時

飯塚市 コミニティセンター

 9月5日(土) 時間未定

八女市 おりなす八女

 8月8日(土)①14時②18時30分

大牟田市 大牟田文化会館

 8月28日(金)①14時30分②19時

福津 福津市中央公民館

 11月21日(土) 未定

宗像市 河東コミセン

 11月21日(土) 未定

◎その他県内各地で準備中
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映画 『望郷の鐘』 ホームページはこちら。

  ダイジェスト動画


 みずからも満州で過酷な体験をしながら、生涯を残留孤児たちの肉親さがしに捧げ、献身的な愛で支えた山本慈昭。 その生涯をたどった物語。

 

2015年 7月 2日 イベント, 中国帰国者, 中国残留孤児, 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

念願のチベットの旅を楽しんだ  ~悠久の中国の旅~ 8日間[世界の屋根・青蔵高原] 最高88歳(平均71.3歳)のメンバー16名 4998mからの眺望を楽しんだ

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 第13回目を数える福岡支部の[悠久の中国の旅]は、5月23日から8日間[世界の屋根・青蔵高原]を旅行しました。
 最高88歳(平均71.3歳)のメンバー。16名が元気に、急階段のポタラ宮を巡り、最高到達地点のカンパラ峠(4998m)から[ヤムドク湖・万年雪山]の眺望を楽しむなど、[チベットを満喫]して、30日には全員無事に福岡に帰り着きました。

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 [青蔵高原旅行団]の一行16名は、〝初めてのチベット旅行〟への大きな期待と〝高山病〟への少しの不安とを抱いて、5月23日午後2時福岡空港を出発し、上海を経由して、夜も遅い11時に青海省西寧市に到着しました。

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 24日、西寧郊外の[タール寺]を訪ね、[三絶]と言われる壁画・バター彫刻・タンカを見て廻り、午後から山道に入り、海抜3650mの唐と吐蕃国境だった[日月山]に着いた時には、霙まじりの冷たい風が吹き抜けていました。

中国第1の塩湖[青海湖]は、生憎曇り空でその〝青さ〟は見られませんでしたが、湖畔に放牧されたヤク牛・ヒツジの群れの多さにその広さを実感しました。

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 25日、青海湖を右に見ながら西へ1時間以上走ってもまだ湖は続き、その果ては見えません。山道に折れて[チャカ湖]を目指します。途中海抜3817mのシャンピー峠は、深い雪の中で、寒さに震え上がりました。

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 海抜3059mの[チャカ塩湖]は、一転快晴で塩が析出して眩しく、素足でじゃぶじゃぶ塩の中に入る若者たちは気持ち好さそう。

 ツァイダム盆地をぬけてゴルムドのホテルで3時間ほど仮眠。

 26日朝4時ゴルムド発の[青蔵鉄道]寝台車に潜りこみ、ひと眠りしたら、列車はコンロン山脈を越えて4千米の青蔵高原を走っていました。樹木は見えず、時に凍り付いた河が見える高原に、僅かばかりの草を求めて、ヤク牛、羊の群れがおり、時にチベット羚羊を見つけ歓声が上がります。

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 同室のラサの人に地理を教わり、青島の人には「ぜひ来てください」と案内を受け、「友好活動は大事です」と励まされたりしている内に、列車は、長江源流の[トト河]をすぎ、世界最高地点[タングラ峠駅]の、5千米に立つ〝カッコイイ駅舎〟を通り過ぎました。
列車はゆっくりと下り夕方ラサに着きました。

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 富士山とほぼ同じ高さのラサのホテルで、半数の8名が〝低酸素状態〟で点滴などの応急治療を受けましたが、一晩安眠した27日朝には全員元気にラサ観光に出かけました。
 朝から河口慧海も学んだセラ寺へ、昼から本命の白宮・紅宮の部屋数2千と言われる[ポタラ宮]へ行き、事情で登れなかった人もいますが、80歳代の3人を先頭に、全員元気に高さ115mの宮殿を巡りました。
 その後さらに巡礼者の多い[ジョカン寺]へ行き[唐蕃会盟碑]も見ました。寺を取り巻く[八角商店街]は、手に[マニ車]の人・[五体投地]で巡る人で溢れていました。

 ラサ最後の28日は、海抜5千米の[カンパラ峠]からの素晴らしい眺めを楽しみました。
Img_20150620_10 トルコ石と言われる青い[ヤムドク湖]の向こうに7千米級万年雪山のニンチンガンサンが冴え渡っていました。
 ラサ市に戻り、ダライラマの夏の宮殿、緑の多い[ノルブリンカ庭園]を散策しました。

 29日は成都市を中継、平地に着いて、[杜甫草堂]の静けさを味わいました。
 別れの時、ベテランガイドさんが、「これだけの高齢旅行団でチベット旅行をして一人の故障者も出なかったのは驚きです。敬服します」と、挨拶しました。

2015年 6月 21日 イベント, 交流, 福岡支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

友好と民主運動50年  戦後 戸畑でひとすじに 須崎健一さん(戸畑・七十六歳) --人生に友好の歴史あり②

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須崎健一さん(戸畑・七十六歳)

 どこか「古武士」の風貌を漂わせる須崎健一さん(七十六歳)。厳しかった時代のことも楽天的に語る口調に、おおらかな人柄がにじみ出ています。一九三九(昭和十四)年三月、八幡で生まれ国民学校(当時)一年生の時から現在まで、戦後七十年間を戸畑で生活。二十歳過ぎから半世紀もの間、日中友好や民主運動一筋に生きてこられました。その人生と人柄を紹介します。

 

学習会参加がきっかけに

 幼少期は田川郡糸田町の炭住街で育ち戸畑に転居。高校卒業後働き出した頃、九州工業大学の先生だった本荘光宏さんが自宅で開いていた学習会に参加します。本荘さんは日中友好運動の大先輩。戦後日本の民主化の道のりや社会の仕組み、中国との平和友好の話など引きつけられました。
 一九五八年、五郡典夫さんが中国から帰国、西村義一さんらと共に日中友好運動を推し進めます。須崎さんは当時十九歳、正義感と情熱で迷わず友好と民主運動に加わりました。 小沢和秋衆議院議員の現地事務所の事務局長、黒崎合同法律事務所事務局長などを務めます。

   

支部長引き受け、一年半で会員を五倍に

 一九九二年五十三歳の時、五郡支部長(当時)の依頼で支部長を引き受けた須崎さん。支部総会に来賓として参加した岩佐理事長の「会員拡大」の訴えに一念発起します。翌日弟さんに、その後知人友人に片っ端から入会を勧め、当時十二名だった会員が六十名と一気に五倍化しました。
 この躍進をきっかけに八幡支部の結成、門司支部の再建、小倉・若松での活動へと発展します。 須崎さんは北九州協議会の事務所を開設、日中友好運動発展の拠点となりました。      
  

「楽しい企画が大事、笑いがあれば人は集まる」

 「私の好きな三大映画は『初恋のきた道』『ニューシネマ・パラダイス』『ローマの休日』映画には文化が凝縮されている。中国映画の最高は『不屈の人々』多くの人に見てもらいたい」と目を輝かせます。自らもビデオカメラで映画を作成。支部総会では必ず中国映画を上映します。
 「映画会や中国語教室、ギョーザ会など楽しいことをどんどん企画すべき、皆で話し合い笑いながら活動するところには自然と人が集まってくる」と語ります。
     

中国映画(DVD)30枚

 溢れるようなロマンを秘めヒューマニストの須崎さん、「活動に役立てて」と気前よく中国映画のDVDを県連に寄贈。周りを包み込む大らかな人柄は中国の大河を思わせます。

 

 

(訂正)2015/6/6 文中に、別な記事の文面があり、削除しました。

2015年 6月 5日 交流, 北九州協議会, 戸畑支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

「母なる中国に感謝」 人生に友好の歴史あり① 宗弘有蔵さん・宗弘マツさん

「母なる中国に感謝」 人生に友好の歴史あり① 宗弘有蔵さん・宗弘マツさん

宗広有蔵さん・88歳 宗広マツさん・81歳(糸島支部)

「母なる中国に感謝」 人生に友好の歴史あり① 宗弘有蔵さん・宗弘マツさん

 「よく生きて帰れた、絶望もあったが人生の基礎ができた」と語る宗広さんご夫婦。希望を持って渡った旧満州で敗戦を迎え、何度も死線をさまよいましたが、中国の大地と人々に助けられ人生の指針を得て帰国。以来、半世紀もの間日中友好運動を支えて来られました。シリーズ一回目は、絶望の淵から這い上がり友好運動に熱意を込める宗広さん夫婦の人生と人柄を紹介します。

南満州鉄道に就職
翌年現地召集
 有蔵さん(十七歳)

 有蔵さんは八幡製鉄所と南満州鉄道に合格。終戦一年前の一九四四年一月、「給料が高かった」南満鉄に入社。翌年八月一日、現地招集でチチハルの技術部隊に配属。訓練期間中の九日「ソ連軍参戦」で敗戦。捕虜となり、ソ連国境の黒河の収容所に入れられます。

 一九四六年、五百キロ離れた北安に徒歩で移動。七百人いた部隊は死亡者が続出、到着したのは三百人程でした。有蔵さんも発疹チフスにかかり、病人収容所に入れられます。薬も手当てする人もなく、七百人程いた病人の中で、生き残ったのは有蔵さん含め七人。「生きる運だけが頼りだった」と当時の悲惨な状況を語ります。

生き地獄と化した開拓団
十一歳の逃避行
 マツさん

 五歳で家族と満州に渡ったマツさん。敗戦の日、逃げる時家族とはぐれますが隣村の開拓団で母と姉妹に再会。安心したのもつかの間、地獄の逃避行が始まります。

 頼りになる「兵隊さん」は鬼の軍隊、「絶対服従」は開拓団員にも強制されました。「泣く子は殺せ」の命令が下り四歳の妹も犠牲に、たどり着いた収容所は栄養失調・伝染病で死体の山でした。

 母もなくなり中国人の家に引き取られます。二年後、十三歳の時解放軍の看護婦になった姉が探しに来てくれ、解放軍の保母として働くことになります。

鶴岡炭鉱で社会主義を学習

 待ち望んだ帰国列車が内戦の混乱で進めず鶴岡炭鉱に運ばれた有蔵さん達。帰国の望みを絶たれた中で五年間機械設計の仕事をします。そこで社会主義を学ぶ仲間と出会います。一週間に一度の学習会では社会の仕組みや人民が主人公であることを学び、「目からうろこが落ちる」日々でした。

 一九四九年十月一日、中華人民共和国が建国。人民の国ができ、そのために働けることに感動しました。二千人いた同僚から有蔵さん含め数十人が選抜され、北京の人民大学で学ぶことになります。奥さんのマツさんは人民大学の保母さんでした。知り合った二人は仲間に祝福され結婚します。

帰国後、友好運動に全力
糸島支部を創立

 一九五八年に帰国した宗広さん夫婦。早速、友好運動に参加、中国との国交正常化直後の一九九九年9月、糸島協議会(その後支部)を創立します。

 「中国への信頼はゆるぎない。『日中友好』の一点で楽しく、おおらかに、しなやかな運動が大事」と語る二人です。

 

2015年 5月 31日 交流, 糸島支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

ご案内 『三井三池炭鉱宮浦坑中国人殉難者』 第三回慰霊祭  7月12日(日)

ご案内
 『三井三池炭鉱宮浦坑中国人殉難者』

第三回慰霊祭

 ◎時・七月十二日(日)午後二時
 ◎所・大牟田市宮浦石炭記念公園内
      「殉難者慰霊碑」前


 ご参加の方は日中友好協会福岡県連合会にご連絡ください


  
昨年の慰霊祭の スナップ写真

 

三井三池炭鉱宮浦坑中国人殉難者 慰霊祭 三井三池炭鉱宮浦坑中国人殉難者 慰霊祭

三井三池炭鉱宮浦坑中国人殉難者 慰霊祭 三井三池炭鉱宮浦坑中国人殉難者 慰霊祭

2015年 5月 29日 中国人強制連行・強制労働事件, 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

「三井三池炭鉱宮浦坑中国人殉難者慰霊祭」 日中平和のため決意を新たに 『戦争する国』はイヤ

「三井三池炭鉱宮浦坑中国人殉難者慰霊祭」
日中平和のため決意を新たに  『戦争する国』はイヤ

「三井三池炭鉱宮浦坑中国人殉難者慰霊祭」

    61人が平和を誓う

 日中友好協会大牟田支部、熊本支部、福岡県連合会主催「三井三池炭鉱宮浦坑中国人殉難者第2回慰霊祭」が7月13日、大牟田市宮浦坑石炭記念公園にある慰霊碑前で61人が参列して献花参拝を行いました。

  あたたかく奏でる二胡演奏

日中平和のため決意を新たに  『戦争する国』はイヤ

 慰霊祭は、やさしくあたたかく美しく奏でる二胡の演奏で始まりました。首藤小由美さん、井上かなさん、上村順子さんによる「島の風」(劉福君作曲)など3曲が、殉難者の冥福を祈り、平和への願いを込めて演奏されました。
 河野一弘大牟田支部事務局次長の司会で進行し、主催者を代表して堀榮吉同支部副支部長が挨拶。「この三池炭鉱には2481人が強制連行され、635人の尊い命が奪われました。宮浦坑では44人が犠牲となりました。この悲劇を後世に伝え、過去の過ちを繰り返さない為に、昨年8月に慰霊碑を建立しました。除幕式に参加された中国の崔書進原告団長が昨年11月に亡くなりました。中国では、今年、2月から4月にかけて原告6団体933人の方々が旧三菱・旧三井企業に対して中国の裁判所に訴訟を起こし正式に受理されています。原告団の遺志を受け継いで企業と国の責任を果たさせ、裁判闘争を勝利させたいと決意をしています。また、熊本県荒尾市の四山坑・萬田坑の中国人殉難者591人の慰霊碑建立もこれからの課題です」。

「三井三池炭鉱宮浦坑中国人殉難者慰霊祭」

    福岡総領事など6人が挨拶

 駐福岡総領事館李天然総領事(代理張馳中国領事、古賀道雄大牟田市長、中西倫仁日本共産党県政対策委員長、岩佐英樹福岡県連副会長、加藤修熊本支部長、稲村晴夫弁護士が平和を誓ってあいさつしました。

    集団的自衛権閣議決定に抗議

 「集団的自衛権行使容認の閣議決定に抗議する」決議しました NHKテレビ、朝日、熊本日日、有明新法が報道しました。


2014年 7月 26日 中国人強制連行・強制労働事件, 交流, 大牟田支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

「帰国者の願い、日中友好は私も同じ」 唐家璇中日友好協会会長、川添緋砂子事務局長に福岡で語る。 

「帰国者の願い、日中友好は私も同じ」

唐家璇中日友好協会会長、川添緋砂子事務局長に福岡で語る。 

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 6月7日、福岡市内のホテルにおいて、中国の唐家璇中日友好協会会長を迎えて、中国福岡総領事館と「福岡県日中友好協会」の主催で日中友好の集会が開かれました。
 当日は、九州中国帰国者の会の代表も招待されました。
 川添緋砂子事務局長(日中友好協会福岡支部理事)は、唐家璇会長と懇談し、次のように語りかけました。
「唐先生、こんばんは、私は戦争の犠牲で中国残留孤児になりました。中国は残留孤児に対して命の恩人です。その恩は、一生忘れません。残留孤児の希望は日中両国永遠友好、永不再戦です。残留孤児の体の中に流れている血は、日中両国の人の血です。みんな日本と中国友好が一番大事と思っています。」
 微笑みをたたえながら聞いていた唐家璇会長は、「あなたたちの希望は、私と同じです。一緒に頑張りましょう」と帰国者の皆さんを激励しました。

2014年 7月 26日 中国帰国者, 中国残留孤児, 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年度 夏季中国短期留学  参加者募集

2014年度 夏季中国短期留学  参加者募集

 

2014年度 第16回・夏季中国短期留学

留学先:北京聯合大学師範学院(朝陽区外館斜街)
期間:2014年8月3日(日)~31日(日)全4週間
(1,2,3週間の留学も受けつけます)
留学費用概算:学費・交通費(燃油費など含まず)
          ・宿舎費(2人部屋基準)

4 週間 約 200、000円
3 週間 約 185、000円
2 週間 約 165、000円
1 週間 約 150、000円
修学旅行 30,000円(検討中)

お問い合せは、日中友好協会福岡県連事務局
詳細説明:申し込み用紙など資料は事務局にあります

2014年 6月 11日 留学, 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

『尖閣問題 ~平和的解決を~』 日中友好ブックレット1  日中友好協会編 本の泉社  発売中

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目 次
1. 尖閣問題の平和的解決を目指すアピール
2. 尖閣諸島とは
3. 漁船衝突事件と「国有化」
4. 尖閣諸島を巡る歴史
5. 日本、中国、アメリカ、東南アジアの動向
6. 平和的な話し合いで解決を

定価:本体540円+税40円
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本の泉社

県連事務局に在庫あります

2014年 6月 11日 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

ジャッキー・チェンさん「両国間の文化交流は両国の繁栄につながる」

ジャッキー・チェンさん

「両国間の文化交流は両国の
        繁栄につながる」

      毎日新聞 3月13日報道

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 中国のアクション俳優で、国政助言機関・中国人民政治協商会議(政協)の委員を務めるジャッキー・チェンさんが13日、滞在先の北京で記者のインタビュー応じた記事を毎日新聞は次の通り報道しました。
「冷え込んだ日中関係について、ジャッキーさんは『両国は隣国であり、友好的なつきあいをすべきだ。対立を深めることは双方にとって非常に労が多く有害無益だ』と憂慮する一方で『両国間の文化交流は一貫して頻繁に続けられており、こうした努力が両国の繁栄につながるはずだ』と強調した」

   

 二胡演奏祭をとおして、両国民が相互理解を深めあい、両国の平和と繁栄のために、少しでも貢献したいものですね。

 九州二胡演奏祭を詳しくはこちら

2014年 3月 16日 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

「尖閣問題の話合いによる解決を求める県民へのアピール」  

「尖閣問題の話合いによる解決を求める県民へのアピール」
13氏が連名で発表 記者会見

 福岡県連は2月10日、県庁記者室において記者会見を行い石村善治福大名誉教授、馬奈木昭雄弁護士、木村琴江帰国者の会会長の同席のもと、県内の著名な13氏が呼びかけた「尖閣問題の話合いによる解決を求める県民へのアピール」を発表しました。

 この署名は「一衣帯水」の福岡の地にとっては、もっとも切実な問題です。福岡県内では7市町村が中国各都市との姉妹都市が結ばれ民間交流が行われています。全国では338ヶ所に広がっています。

 一番ヶ瀬宗幸県連会長は「尖閣問題は複雑な問題ですが、県民へのアピールをテコに話合いによる解決を求める世論を広げていきたい。」と情熱をこめて語りました。

 石村善治福岡大学名誉教授は、「この博多港から出兵していった歴史を思い起こします。銃を取って侵略していった加害の歴史を忘れることができません。昨今の動きは再び戦争への道へ進んでいるように感じる」とアピールの重要性を強調しました。

 馬奈木昭雄弁護士は「憲法前文にあるように、政府の行為で戦争が起こされる。それを止めるのは国民です。日中両国民が理解し合えれば戦争を止めることができる。今、わたしたち国民が声をあげていきたい。」と述べました。

 木村琴江帰国者の会会長は「中国も日本も私たちの祖国です。戦争は私たち国民を苦しめます。両国民は仲良くしてほしい」と体験を語りました。

 松尾武蔵理事長は「全国では賛同者が7590人となりました。県内の自治体で田川市、大宰府市、筑紫野市、大野城市の各市長が賛同していただいています。さらに県民の中に3600人の賛同者に広げていく方針です」と決意を語りました。

 福岡県内13氏の紹介
安東毅(九州大学名誉教授) 石村善治(福岡大学名誉教授) 稲村晴夫(弁護士) 一番ヶ瀬宗幸(日中友好協会福岡県連合会会長) 小沢和秋(元衆議院議員) 木村琴江(九州地区帰国者の会会長) 新谷肇一(有明高専名誉教授) 武田正勝(医師) 蔦川正義(佐賀大学名誉教授) 馬奈木昭雄(弁護士) 三輪俊和(健和看護学院学院長) 村上陽三(九州大学名誉教授) 山田真一郎(医師)

 

2014年 3月 9日 交流, 福岡県連合会 | | コメント (0) | トラックバック (0)

随想 「日中友好の絆 留学生」  宗廣有蔵 (日中友好協会糸島支部)

随想  日中友好の絆 留学生   宗廣有蔵
 日中友好の大事な架け橋になれる中国人留学生が全国的、全県的に増え、九大でも1900人に急増したと言われています。
 ここ10年来、始めは20~30名の内輪の飲み会程度の春節祝賀会も、数年前から九大留学生との繋がりが次第に広まり、30人から50人が常時参加するまでになりました。その繋がりを重視するのは、日中の政治的関係がどんなに緊迫しても、日本国民は友好を求めており、特に日中友好協会が日中友好のためどれほど心を砕き、尽力しているかを知ってもらうためです。
 やや遠い昔話になりますが、敗戦8年目(1953年)から4年間、北京で学んでいる時でした。中国革命を指導した毛沢東、周恩来、劉少奇などそうそうたるメンバーの指導下で大活躍していた当時の若手幹部や活動家がよくやって来て、哲学や中国革命の経験などを話し、私たちとおおらかな歓談もしました。その中に流暢な日本語で語ってくれる人が何人かいました。皆日本の大学に留学し中国革命に馳せ参じた人達でした。なかに九大に留学していたという人が何人かいました。文化大革命で毛沢東派に屈した人もいましたが、多くが戦後の日中友好の絆を繋ぎ発展させてくれました。
 彼らが中国で私達に接し、注いでくれた友好の精神が、私の今を支える力強い土台になっています。いま中国人留学生は私が北京で学んでいた時とほぼ似た境遇にあります。多くが将来中国で然るべき地位につき、有能な影響力を発揮する時が必ず来ると思います。その時、真の日中友好の懸け橋になってくれたらと胸が熱くなります。そう思って5年先、10年先のことも視野に入れて春節祝賀会を楽しんできました。その留学生の回りには仲の良い日本人の友人が沢山いるのです。接し方には創造性と熱意が必要ですが、知恵を出し合い経験を交流していけば前途は開けます。そんな苦労を楽しみに変え得る仲間を増やし、揃えていかねばと思います。
  
 (日中友好協会糸島支部)

 

2014年 3月 9日 留学, 交流, 糸島支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

江南の春・水郷をめぐる旅 ~杭州・紹興・河姆渡・西塘~   日中友好・アジアの平和を  悠久の中国  自然・歴史・文化に触れ合う

 

日中友好・アジアの平和を 悠久の中国 自然・歴史・文化に触れ合う
    好評! 代10回日中企画の旅
杭州・紹興・河姆渡・西塘
 江南の春・水郷をめぐる旅
    5月17日(土) から21日(水) 4泊5日

 旅行代金(1名分):98,000円  (1室2名・空港税・燃油料は別途)
  *日中友好協会・文化センター会員は:3,000円割引
  *一人部屋追加料金: 18,000円(4泊)

 ◆募集定員:30人 (最小催行人数:15人)

 ◆申込み締め切り:4月12日(土)

 ◆「申込書」にご記入の上、パスポートのコピーと併せて    
     持参、郵送又はファックスで事務局にお申し込みください
 ◎旅行傷害保険:必要な方には斡旋いたします。

 ◎旅行詳細案内チラシ・申込書:事務局にあります

◎ お申込み・お問合せ ◎

▲企画: 日中友好協会福岡支部
         福岡日中文化センター

        〒810-0004 福岡市中央区渡辺通2-8-23 樋口ビル3階

      TEL/FAX:092-761-0604 E-Mail:nc.fukuoka@gol.com

▲旅行主催:日新航空サービス(株)福岡営業支店
   観光庁長官登録旅行業第463号・JATA正会員
   総合旅行業務取扱管理者  野田律子
   福岡市博多区博多駅前2-20-1 大博多ビル9階
      ℡:092-452-6720 FAX:092-452-6721

 

5/17(土) 福岡
浦東
杭州
上海着後、空港近くで昼食
専用車で杭州へ(3.5Hr)
六和塔(入場)」銭塘江を一望
杭州名物「龍井茶」の茶畑見学

5/18(日)

杭州 朝食後、杭州観光へ
西湖(2011年世界遺産に登録)の観光
遊覧船・カートに乗って西湖十景を見学 
雷峰塔」に登り、西湖の景色を楽しむ
岳王廟」「霊隠寺(入場)」観光

5/19(月)

杭州
紹興
朝食後、紹興へ移動
王羲之「蘭亭序」の「蘭亭」を観光
紹興市内の観光
魯迅故居」・魯迅の私塾「三味書屋」観光
紹興酒の本場「紹興酒醸造工場」見学
・小説「孔乙己」の舞台「咸亨酒店」で昼食

5/20(火)

紹興
余姚
西塘
上海
朝食後、余姚へ
・稲作文化発祥の地「河姆渡遺跡」見学
・「杭州湾大橋」(タワー展望台)を渡る
「MI3」のロケ地で有名な「西塘」観光
・屋根付き街路「煙雨長廊」 
・肩が擦れ合う狭い路地「石皮弄」を見学
・小船に乗って「運河下り」を体験。~上海へ

5/21(水)

浦東
福岡
朝食後、空港へ
中国東方航空にて日本帰国

2014年 3月 9日 イベント, 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

あなたも中国通に! 『中国百科検定』 予備講座  12月13日より

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日時 日時 講師
2013年12月13日(金)
18時~20時
テキスト第3部「歴史」 井手啓二
長崎大学名誉教授
2013年12月22日(日)
14時~16時
テキスト第2部「政治・経済」 井手啓二
長崎大学名誉教授
2014年1月10日(金)
18時~20時
テキスト第4部「文化・習慣」 福地桂子
元長崎総合科学大学助教授
2014年2月2日(日)
14時~16時
テキスト第1部「地理」 岩佐英樹
元高校地理・歴史科教諭
 予備講座会場 : ココロンセンター
                   福岡市博多区下川端町3番1号
                   博多リバレイン・リバレイン オフィス 10階
                    ☎092-262-8464

 中国の多方面の知識理解を通じて、中国への理解者を増やし、日本と中国の多分野での交流を盛んにするための検定です。

試験日 : 2014年3月21日
            (金・春分の日)
受験料 : 3400円

試験会場 :
   福岡(九州大学箱崎キャンパス)
   ・東京・大阪

出題内容 : 「中国百科」テキストを基本範囲とし、地理、歴史、政治・経済、文化の4分野から出題

詳しくは、

中国百科検定ホームページ
http://www.jcfa-net.gr.jp/kentei/

2013年 12月 6日 イベント, 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

北京留学日誌(3) 2013年度夏期中国短期留学

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 8月8日

北京留学日誌(3) 2013年度夏期中国短期留学

 留学1週目の授業が終わり、皆さんちょっと息抜きができます。
 今日は、女性陣プラスSさんが、鄭濤先生から招待されて、回龍観(郊外電車13号線沿い)の新居を訪問し、みんなで料理を作って、話しに、ご馳走に、楽しい時間を過ごしました。
 そちらは、土曜日は快速講座ですね。
 こちら夕方には、Sさん・N・N中村紀子さんが到着します。
 今日の写真を添付します。右端が鄭濤先生です。
                    (M)(N)

 

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2013年 8月 10日 留学, 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

北京留学日誌(2) 2013年度夏期中国短期留学

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 8月8日

北京留学日誌(2) 2013年度夏期中国短期留学

 午前中の初級の授業に、Hさんが「聴講生」で参加しました。
林琪先生の明瞭な「普通語」発音に、"久しぶりにきれいな中国語を聞きました”と喜んでいました。
 午後から鼓楼から「南鑼鼓巷・煙袋斜街」の胡同めぐりを楽しみました。
 胡同で涼んでいる老人と話をして、「日本人が何をしに来ているのか?」
 「中国が好きだから中国語の留学に来ている」と話すと、急にニコニコとして打ち解けた態度になりました。
 バスに乗ると、我々老人には、若者がすぐ席を譲ってくれ、初めて留学に参加した人たちは、中国人のやさしさに驚き、感心していました。
 夕食にはHさんの奥さんもご一緒しました。話が弾んで一層おいしい夕食でした。
 映画にも出てくる「銀錠橋」の雑踏の中で、記念写真を撮りました。
 前を人が横切る中での写真です。添付します。
                      (み)(な)

 

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2013年 8月 10日 留学, 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

北京留学日誌(1) 2013年度夏期中国短期留学

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北京留学日誌(1) 2013年度夏期中国短期留学

 8月4日 無事にメール接続しました。
 こちらは、全員無事・元気です。
 昨日は、Ⅰさん以外全員で景山公園にいって、北京の街を一望してきました。30度を超す暑い日が、つづいています。
 昨夕はにわかに大雨が降り、涼風が吹き、今朝は涼しい感じでしたが、もう暑さが戻っています。
 今日6時半にHさんを迎えに空港に行きます。
                      (Ⅿ)


 8月5日 Hさんは、予定通り無事につきました。
 早速、北京のビールを飲み干す勢いで飲んでます。
 今日は皆さん初授業、中国語だけの授業にちょっと緊張してましたが、楽しく授業終えました。
 Ⅰさんから「おいしく白酒を飲んでます。皆さんによろしく」
 明日は、学校主催の歓迎会です。北京ダックが出る予定です。 


 8月6日 大牟田の慰霊祭は成功してよかったですね。
 こちらは、学校主催の歓迎会で豪華なご馳走に、皆さん「ハオチー」の連発でした。
 留学15周年の記念式典は、修了式の後でやることになりました。
 第1回から全参加のⅠさんには、何か一言話してもらう積りです。
 歓迎会の後、女性陣は、「王府井」に買い物に出かけました。元気溌剌です。


北京留学日誌(1) 2013年度夏期中国短期留学

 8月7日 毎日お疲れさんです。こちらは、時々にわか雨が降って、夕方などは涼しい感じです。
 羨ましいでしょう。今日お昼に毎日お疲れさんです。
 こちらは、時々にわか雨が降って、夕方などは涼しい感じです。羨ましいでしょう。

 今日お昼にHさんが訪ねてくれました。
 Hさんは、元日中の中国語受講生で、2005年に北京留学をした人です。もと吉武先生に習った方で、今年4月から北京で仕事をしています。
 センターのホームページで留学のニュースを見て、懐かしくなったと訪ねてくれました。
 留学時同室のIさんらと、久しぶりの再会を懐かしんでいました。中国語も達者になっていましたが、明日授業参観をさせてほしいとの希望でしたので、喜んで受け入れました。

 そのあと、全員で今後の自由時間の行動予定をたてました。長城、故宮、盧溝橋などビッシリと予定が詰まりました。
 あとは、風雷京劇団との打ち合わせが残るだけです。宿舎の卓球場で楽しんでいる写真を添付します。

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2013年 8月 10日 留学, 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

江南の春・水郷をめぐる旅  杭州・紹興・河姆渡・西塘  第9回日中企画の旅 5月18日から4泊5日

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 日中友好・アジアに平和を  悠久の中国
  自然・歴史・文化にふれあう
     好評! 第9回日中企画の旅

杭州・紹興・河姆渡・西塘
江南の春・水郷をめぐる旅

日時 都市名 旅行スケジュール
5/
18
(土)
福岡
浦東
杭州


  
上海着後、空港近くで昼食
専用車で杭州へ(3.5Hr)
六和塔(入場)」銭塘江を
一望
杭州名物「龍井茶」の茶畑
見学
5/
19
(日)
杭州 朝食後、杭州観光へ
西湖(2011年世界遺産に登
録)の観光
遊覧船・カートに乗って
西湖十景を見学
雷峰塔」に登り、西湖の
景色を楽しむ
岳王廟」「霊隠寺(入場)」
観光
5/
20
(月)
杭州


紹興





  
朝食後、紹興へ移動
王羲之「蘭亭序」の「蘭亭」を
観光
紹興市内の観光
魯迅故居」・魯迅の私塾
三味書屋」観光
紹興酒の本場「紹興酒醸造
工場
」見学
・小説「孔乙己」の舞台
咸亨酒店」で昼食
5/
21
(火)
紹興
余姚



西塘





上海
朝食後、余姚へ
・稲作文化発祥の地「河姆渡
遺跡
」見学
・「杭州湾大橋」(タワー展望
台)を渡る
「MI3」のロケ地で有名な
西塘」観光
・屋根付き街路「煙雨長廊
・肩が擦れ合う狭い路地
石皮弄」を見学
・小船に乗って「運河下り」を
体験。~上海へ
5/
22
(水)
浦東
福岡
朝食後、空港へ
中国東方航空にて日本帰国

5月18日(土)から22日(水)
     4泊5日

旅行代金(1名分)96,000円
   
(1室2名・空港税・燃油料込み)
※日中友好協会・文化センター会員
    は、3,000円割引
※一人部屋追加料金:
    18,000円(4泊)

◆募集定員:30人
    (最小催行人数:15人)
申し込み締め切り:
    
4月13日(土)
◆「申込書」にご記入の上、
  パスポートのコピーと併せて
  持参・郵送またはファックスで
  事務局にお申し込みください

◎旅行詳細案内チラシ・申込書:
    事務局にあります。

◎お申し込み・お問い合わせ◎
    日中友好協会福岡支部
       または、
    福岡日中文化センター

 〒810-0004
 福岡市中央区渡辺通2-8-23
 樋口ビル3階

TEL/FAX 092-761-0604

Email:nc.fukuoka@gol.com

2013年 2月 24日 イベント, 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

7回目の中国人殉難者慰霊祭開く  総領事、大牟田、荒尾両市市長代理など53名が出席。日中友好を誓う

7回目の中国人殉難者慰霊祭開く
総領事、大牟田、荒尾両市市長代理など
53名が出席。日中友好を誓う

7回目の中国人殉難者慰霊祭開く  総領事、大牟田、荒尾両市市長代理など53名が出席。日中友好を誓う

 

 10月14日、熊本県立公園・小岱山の中腹にある「三井三池炭鉱中国人殉難者慰霊塔」前で第7回慰霊祭が行われました。

 慰霊祭は協会大牟田支部事務局長の矢田正剛さんの司会で進められ、最初に中国駐福岡総領事館の劉光耀領事が李天然総領事のメッセージを代読し、「中国と日本は、『一衣帯水の隣国』であり、2千年に及ぶ交流の歴史があり平和と友好の広がりは中日両国民の願いです。」と述べました。
 次に、荒尾市・前畑淳治市長代理として保健福祉部長の鶴弘幸さんと大牟田市・古賀道雄市長代理として企画総務部総合政策課課長の湯村宏祐さんがそれぞれ市長のメッセージを代読しました。
 その中では、両市の行政として中国との交流事業にもふれながら今こそ友好親善を広げるために努力しましょうと訴えました。
 この後、県連の松尾武蔵理事長、同熊本県支部長の加藤修さんが挨拶しました。
 大牟田支部副支部長の首藤心子さんが協会の都城支部、佐賀支部、大分支部、鹿児島県歴史教育者協議会からのメッセージを披露しました。

 最後に、「慰霊塔を守る会」会長の兵藤重郎さんがお礼のあいさつを行いました。
 兵藤さんは、慰霊塔建立の願主・深浦隆二さんが亡くなって今年が13回忌であることにふれながら「深浦さんは大変気骨のある方でした。私の父は、深浦さんと幼友達で一緒にがんばってきました。本日は、大勢のみなさんに来ていただいて大変ありがたく思います。この慰霊塔が日中友好の力となるようにがんばります。」と感謝の言葉を述べました。

 献花・参拝の最初に玉名市の永田伸一さんが碑文「悲しみは国境を越えて」を朗読しました。
 次に、参加者全員が菊の花一輪を霊前に捧げ苛酷な状況の中で無念の死を遂げた中国人労働者に思いをはせながら慰霊しました。
 閉会あいさつを大牟田支部副支部長の堀榮吉さんが行い、堀さんはごく最近、中国北京で強制連行被害者原告団と懇談したことにもふれながら、「今後、慰霊祭を継続させ日中友好と被害者救済の活動を強めましょう。」と訴えました。

 この日は、ベニヤ板4枚に県連が行った16事業所探訪の写真を展示し、新聞社からの取材もあり大きく報道されました。
 また、この取り組みの中で「北京の中国人被害者との交流旅行」も行いました。

 

 
 

2012年 10月 27日 中国人強制連行・強制労働事件, 交流, 大牟田支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

「領土問題は話し合で解決を」  [中国中央テレビ]で発言  星野信県連事務局長  「東北三省平和の旅」旅行団   

「領土問題は話し合で解決を」

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 [中国中央テレビ]で発言

 星野信県連事務局長

 「東北三省平和の旅」旅行団

 9月14日から20日まで、八幡支部と県連共催の「東北三省平和の旅」が行われました。
 折しも日本の「魚釣島国有化」に抗議する中国全土での世論が、一部暴徒化する険悪な状況の中での旅行でしたが、全員無事に予定通り帰国しました。

 この旅の途中、ハルピンでも瀋陽でも中国TV局の取材を受け、星野さん・三隈さんがそれぞれインタビューに答え、その模様が中国全土に繰り返し放映されました。

 星野さんは日中友好協会全国常任理事として紹介され「領土問題の紛争は武力では解決できない。外交的な話し合いによってのみ解決しうる。これは、われわれが20世紀の歴史から学び取った教訓です」と、諄々と中国人民に直接語りかけるような星野さんの話が印象的でした。

 
  

2012年 10月 27日 交流, 福岡県連合会 | | コメント (0) | トラックバック (0)

二人の女性中国領事と交流  北九州協議会

霍穎(かくえい)副総領事
  かくえい
  霍穎・副総領事

    二人の女性領事と交流
              北九州協議会

 9月22日、日中友好協会北九州協議会主催の中国領事館副総領事の講演と懇親会が小倉で開かれました。

 副総領事は若い女性で席に着くなり、すぐに名刺を持って日本語で「霍穎(かくえい)」と自己紹介しながら各テーブルを回る姿に、会場は忽ちなごやかになりました。
 
 随員も女性領事の紀竑さんでお二人のスーツ姿は魅力的でした。

 霍穎さんが、一時間近く講演され、さすがに外交官で、今年三月に赴任されたとのことですが、九州、福岡、北九州のこと地理や産業などにも詳しく、豊富な知識が窺え、これぞ才媛と感心しました。
 質疑で焦点の尖閣問題では、解決の道は、平和的な話し合いだとの原則的な回答でした。
 その他、中国女性の地位、一人っ子政策、都市と農村の格差、戸籍問題、少数民族問題、など多彩な質問で時間が足りない位でした。

 お二人は、次の日程のため、残念ながら、懇親会には、出られませんでした。大変有意義でした。(大)

 
 

2012年 10月 7日 交流, 北九州協議会 | | コメント (0) | トラックバック (0)

甦る 懐かしの「新中国草創期の映画」 石子順さん 講演と 『白毛女』上映会

甦る 懐かしの「新中国草創期の映画」
石子順さん 講演と 『白毛女』上映会 今年は、日中国交回復40周年の節目の年です。
 日中友好協会は、新中国建国時(1950年代から60年代)に次々と制作され、日中友好協会によって全国で上映された中国の名作映画がDVDで蘇り、上映会を全国で開催中です。
 第1回上映作品は「白毛女」です。
 今回は、石子順さんを迎えて「新中国草創期の映画の魅力」について語っていただきます。

「白毛女」は、1949年の新中国の成立後に制作されました。
 歌が入る新形式のリアリズム映画は、世界映画史の一頁を飾りました。
監督は水華と王浜で、主演の田華は、新生中国の映画女優としてその名を内外にとどろかせました。
 「白毛女」は、1930年代の中国北方のある村で、田華と李百万が演じる喜児と大春が新春に結婚式を挙げることになっていた。・・・・どう展開するのか。古い中国からの解放宣言の映画です。

5月25日(金)18:30~
会場:福岡日中文化センター
    
福岡市中央区渡辺通2-8-23樋口ビル3F
学生・帰国者
300円
会費:700円
定員:50人
問合せ:日中友好協会福岡県連合会
 電話:092-761-0604

   
   

2012年 5月 15日 講演, イベント, 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

にいはお戸畑 第36号

 

にいはお戸畑 第36号
(日中友好協会戸畑支部ニュース)
         => PDFファリルを見る(744KB)

・餃子つくり会
 戸畑支部は、3月25日(日)「餃子会」をしました。九州工業大学の中国人留学生4人や帰国者と家族6人を含めて・・・
・「西安」に行こう
 鐘楼は街の中心にあり、かつては鐘で人々に時を知らせていました。明代1384年建造。現在はロータリーの中心・・・

・中国人現地調査in宇美
 強制連行 強制労働
 第4回目となる福岡県内の中国人強制連行・強制労働現地調査は、4月15日(日)に、宇美町の三菱鉱業・勝田大谷坑跡地・・・
・福岡中国総領事館訪問
 4月10日、八幡支部が福岡の中国総領事館を訪問するというので、同行させてもらいました。当日は、郭主席領事はじめ・・・
・中国の街で見られる中国語
 今月はちょっと長い文ですが無錫・太湖の映画セットの観光地にある、バスの駐車場から船着場・・・

2012年 4月 28日 イベント, 中国人強制連行・強制労働事件, 交流, 戸畑支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

満開の桜を楽しむ  福岡支部 青年部準備会

満開の桜を楽しむ  福岡支部 青年部準備会

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 4月1日、『日中友好協会青年部お花見会』を行いました。当日は晴れた中で時折り冷たい風が吹く天気でしたが、「満開宣言」が出された福岡城址には満開の桜を観ようと数多くの花見客が訪れました。
 朝6時半から場所取りをした会場には、九州大学の留学生、大阪から朝早くの飛行機に乗って参加した女性、車椅子の男性などを含めた総勢33名の参加者がありました。
 豪華な中国料理を食べながら、交流を深め合いました。
 他団体の花見客も巻き込んだギター演奏や留学生の中国語版「北国の春」の熱唱など「日中交流歌合戦」が行われるなど、非常に有意義な時間を楽しみました。
  日中友好協会青年部では、今後も季節感溢れるイベントをバンバン計画していこうと考えています。      (衛) 


2012年 4月 7日 交流, 福岡支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

「国際交流市民どんたく」に参加 福岡支部

「国際交流市民どんたく」に参加
福岡支部

 11月5・6日福岡市アクロスで開かれた「国際交流地球市民どんたく」は、「世界と日本を愛でつむぐ」をテーマに23団体が参加し、1千名を超える市民が会場を訪れました。
 協会福岡支部は3回目の参加です。
 日中の展示ブースは、東日本大震災に中国から支援として贈られた福島原発に注水する大型ポンプ車の写真、中国残留帰国者の福岡市天神での震災支援街頭募金風景写真、日中文化センターのサークルの活動紹介をしました。日中友好協会のスタンプラリーには、二日間で320人以上の人が応募しました。
 5日のワークショップでは、二胡演奏、静吟、中国語教室、太極拳とサークルの日頃の活動を会場に訪れた人にお披露目しました。(お)

 

2011年 12月 11日 イベント, 中国帰国者, 交流, 二胡, 太極拳, 福岡支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

抗日戦争勝利65周年 記念交流会開かれる 中国総領事館

抗日戦争勝利65周年
記念交流会開かれる
中国総領事館

 抗日戦争勝利65周年を記念して、「歴史を鑑とし、未来に向う」をテーマにした会が、8月28日、中国福岡総領事館で、日中両国の友好と平和を願って活動している団体の代表や会員約70名が参加して開かれました。
 武樹民総領事は記念講演の中で「日本の侵略戦争は中国国民だけでなく、日本人、諸国民に重大な災害をもたらしました。今日、日中両国の交流、貿易、友好提携都市は大幅に増えています。歴史を鑑とし、新しい友好・平和の時代を開くために、ともに協力し合い、努力しましょう」と語りました。
 交流会は、県連からは、松尾武蔵理事長、松山盛利事務局長、中野智子理事、宗廣有蔵糸島支部長が参加し、武総領事をはじめ、領事館員や中国留学生会、華僑団体、諸団体の人々と懇談しました。
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2010年 9月 12日 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

留学生と交流会 (2010/5/28)

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 小倉支部青年部準備会は5月28日、小倉南区において、北九州市立大学の留学生との交流会を開催しました。当日は、留学生5名と20代の青年を中心に、13名が集いました。
 会場では、青年会員が買い出しと調理をして留学生を迎え、みんなで食事をしながら交流がはじまりました。
 NPTニューヨーク行動に参加した会員の能美友吏子さんのサックスによるジャズ演奏を聞き、自己紹介となりました。
 留学生の出身は遼寧省・福建省・吉林省ということでしたが、朝鮮族の女性は韓国語・中国語・日本語に加えて英語も少々話すことできるとの自己紹介に青年会員は驚いていました。
 交流会では、上海万博と大阪万博、餃子やラーメンの日中の違いや刺身など食べ物・お酒の話、三国志や魯迅・孔子の話、少数民族や政治・経済の話、お互いの仕事やアルバイトの話などいろいろなな話題が続きました。
 みんなで写真をとってお開きとなりましたが、今後も留学生のアルバイト先のお店などで交流しようということになりました。  (訓)

2010年 6月 16日 交流, 小倉支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

天皇の軍隊と平頂山事件

天皇の軍隊と平頂山事件
 高尾翠 著
 新日本出版社
 ISBN: 4406032231

 物言わぬ累々たる遺骨群--「満州」撫順で何が起きたのか?
 満州事変の翌年、中国東北部・撫順で起きた住民大量虐殺事件。戦後長く隠蔽されてきた未曾有の惨劇は、なぜ起きたのか? わずかな生存者の生なましい裁判証言が明らかにした実態は?
 自分の生まれた大地を血に染めた事件の真相と本質を追い続ける著者執念の研究ルポ。

日本中国友好協会 福岡県連、各支部でも取り扱います。
   電話/FAX 092-761-0604
   Email  nc.fukuoka@gol.com

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一般の書籍やDVD,CD,ビデオ等を購入する際は、ここからAmazon.co.jpに入って購入してください。
 ここから入ってから、いろいろ購入すると、アソシエイト・プログラムを通じて、売り上げの一部が、日本中国友好協会福岡県連に活用されます。

2010年 4月 15日 交流 | | コメント (2) | トラックバック (0)

武総領事を迎え春節祝賀会開く 糸島支部 (2010/2/28)

武総領事を迎え春節祝賀会開く 
早くから広く市民に伝へ新しい仲間も増える 糸島支部

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 糸島支部主催の春節祝賀・ぎょうざ会は七年目を迎え、今や糸島地域のイベントの一つになろうとしています。僅か十万余の街にそよぐ春風のように。

 2月28臼、糸島健康福祉センターには、春節を祝い楽しむ、会員、ひまわりの会(中国人妻の会)、留学生の人々が、続々とつめかけ、開始の午前10時過ぎには 赤い提灯、切り紙、壁紙で華やかに飾られた会場を百十名を越える人々が埋めつくしました。
 宗廣マツさんの指導で一斉に餃子作りを開始。大人も子どもも、留学生もワイワイ日本語と中国語で歓談し、お腹一杯食ペました。

 ほっとしたところで、太極拳の加藤君子先生と黒木弘子さんの艶やかで闊達な扇の表演で二部の開幕。
 宗広有蔵支部長の「糸島で平和と友好への流れを大きくしましょう。みなさんも加わって下さい」と挨拶、武田正勝県連会長は「糸島は中国に最も近い所」とユーモアを交え参加者を激励しました。
 大きな拍手で迎えられた武樹民総領事は親しみ深く語りかけ、「今日は春節の最後の日です。一緒に楽しめて嬉しい。ネパールなどアジアの青年も参加していることに感銘をうけた」と述べ「中国総領事館に来てください。上海万博には福岡から近いので来てください。」と繰り返し語られました。
 ひまわりの会の牧歌(ヤンガ)踊りには総領事夫人に続き武田会長も加わり全員の手拍子のなか友好の熱気がみなぎりました。
 中国人留学生とネパールの留学生の唄とトークは踊りつきで会場をわかせました。

 元町長さんは美味しい一箱の蜜柑をお土産にもって友人を誘って参加。水沢健司さんによる飾りつけは、入ロの赤い対聯も加わり、参加者は入ってくるときから祝賀気分になったと好評でした。
 参加者は、「美味しかった」「内容も豊かで楽しかった」「来年はもっと連れてくるけん」と満足のようでした。 (広)

2010年 3月 15日 イベント, 交流, 糸島支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

福岡と大連弁護士会が提携交流 (2010/2/27)

福岡と大連弁護士会が提携交流
調印祝賀会に武田県連会長が出席

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 2月27日、福岡市内のホテルで県弁護士会と大連市律師協会の交流提携調印式がありました。
 式典には両会の弁護士、吉田宏福岡市長、報道関係幹部、武田正勝協会県連会長など約70人が出席。池永満県弁護士会長は、中国人強制連行・強制労働訴訟や残留日本人孤児訴訟などに携わってきた体験にも触れ、「平等、互恵、内政不干渉の原則に則り、相互交流を通じて、基本的人権の擁護と社会正義の実現に貢献する」と力強く挨拶しました。張耀東大連律師協会長は「中日友好のためにも両国の弁護士の交流は大切。レベルも高まる」と挨拶しました。武田県連会長は吉田市長をはじめ、参加者と交流を深めました。

2010年 3月 15日 中国人強制連行・強制労働事件, 中国残留孤児, 交流 | | コメント (5) | トラックバック (0)

帰国者と市民が交流 (2009/11/23)

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 11月23日 福岡市で中国料理の作り方を教わりながら帰国者と市民が交流するつどいが開かれました。
 これは、新しい支援策にもとづいて中国帰国者自立促進協議会の事業として実施されたものです。

 当日は、帰国者の会の木村琴江会長が「この日を機会に市民との交流がより一層深まることを期待します」とあいさつ。
 55名の参加者(協会福岡支部からは20名)は5班に分かれ、中国の饅頭と酢物、中華サラダの作り方を習いました。

 鏝頭作りは、酵母菌が入った床に薄力粉を入れよく混ぜしばらく寝かせ発酵させ、それを5種類のお祝いの饅頭を造り、蒸すという作業です。
 中国語・日本語・身振り手振り、笑いが飛びかい、失敗しながら何度も形をつくり替えるという楽しい時間でした。
 中華料理店から本職の人の応援もあり、糖酢海老・紅焼排骨・木須菜の3品が追加され、昼食は饅頭を食べながら中華料理の作り方について話がはずみました。

 午後は、全員の自己紹介から始まり、協会からは、日本の歌と三味線演奏による民謡などを披露しました。
 帰国者からは太極拳、踊り、日本の歌の発表があり予定時間をオーバーするほど交流がはずみました。

2009年 12月 11日 中国帰国者, 交流, 福岡支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

美しい海に感激 手作り料理に舌鼓 中国青年幹部ホームビジット (2009/11/8)

美しい海に感激
   手作り料理に舌鼓
 
中国青年幹部ホームビジット

日中友好協会福岡支部

Img_20091130_21  福岡支部が一昨年も受け入れに協力した、日本国際協力機構主催の中国青年指導幹部訪日研修団「ホームビジット」行事が、今年も11月8日に実施されました。
 この「ホームビジット」は、近い将来中国の指導者となる青年幹部達が、「日本の市民生活を体験・市民との交流を行う」という目的で、研修カリキュラムの一つとして組み込まれています。
 訪日研修団(総勢90名)の内30名が「環境対策」研修をテーマに来福し、そのうち10名の「ホームビジット」を、日中友好協会に受け入れ依頼があったものです。

Img_20091130_22  ホテルニューオータニで初対面した各組は、家庭へ案内する前の「観光案内」にもそれぞれ工夫を凝らしました。
 後漢の光武帝から贈られた「漢委奴国王印」が出土したと伝えられる志賀島の「金印塚」へ案内した組、空海が中国から帰朝して最初に建てたと言われる宗像の「鎮国寺」へ案内した組、日本でも数少なくなったきれいな砂浜の代名詞「鳴き砂」の名所・福吉海岸の「姉が浜」へ案内した組など、中国の「客人」もきれいな海と景色に大喜び。昔からの福岡と中国の、深い関係に感心していました。
 各家庭では、中国の若者の結婚観、性同一性障害の問題まで質問や得意の漢詩「楓橋夜泊」などを吟じたり、元八路軍兵だった会員の流暢な中国語に驚いたり感激したり、手作りの料理と美味しい酒に舌鼓を打って、話も弾み、各組とも時間ぎりぎりのホテル帰着となりました。

2009年 12月 2日 交流, 福岡支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

中国語学習者の教材にも、少年詩を楽しんで下さい 「日中対訳水上多世的詩 小生命 」出版

中国語学習者の教材にも
   少年詩を楽しんで下さい

「日中対訳水上多世的詩 小生命 」出版   水上平吉

 私のつれあいだった水上多世(みずかみかずよ)の少年詩が台湾、大連、上海、北京、香港で中国語訳され、それぞれの地元の難誌、新聞、単行本などで紹介されていました。大変うれしいことでした。
 そのままで終わっては惜しい気がして、その訳詩と原詩とで『日中対訳水上多世的詩小生命』として本にしました。
 中国語を学んでいる方には素敵なテキストに成ると思いますし、中国古典の詩に親しんだ方にも、現代の中国語で詩に接する面白さがあるのではと思います。ご一読いただければ幸いです。

 かずよの詩は一九八○年から小学校の国語教科書に採用され始め、今までに十篇が採用されています。
 全国の児童たちが声張り上げて朗読しているのです。
 それらの詩が中国でも中国の言葉で母と子が読んでいるのです。
 これこそ本当の意味の草の根の日中友好ではないでしょうか。
 子どもたちに負けないように、大人の私たちも対訳詩集を味わっていけたらと願っています。
 この本のために、中国の著名な詩人・生野(ションイエ)先生が題字と巻頭言を寄せてくださいました。
 それには「あなたが植えたいのちの花は、これからますます美しく咲いて、地球全体をあたためることでしょう」とまで言っていただきました。

 『日中対訳水上多世的詩小生命』 (定価1200円 送料80円)
 ご希望の方は、
   〒805-0059 北九州市八幡東区尾倉3-7-10
      水上平吉(電話093・661・4488)
 までご連絡ください。

 

○みずかみ かずよ (1935~1988) 本名 水上 多世
 詩人・児童文学作家
 八幡市生まれ。幼稚園勤務のかたわら詩や童話を書き始める。夫の平吉と児童文学誌「小さい旗」を発行。日本児童文学者協会等に所属。
 少年詩集「馬でかければ」、「こえがする」、絵本「きんのストロー」、童話「ごめんねキューピー」、詩集「生かされて」などがある。
 昭和56年北九州市民文化賞を受賞。「夕立」他が国語教科書に採用された。「みずかみかずよ全詩集 いのち」で平成8年丸山豊記念現代詩賞を受賞した。

○みずかみかずよ文学碑

   「ふきのとう ゆきが そこだけ とけてるの
      あったかい いきが  かかるのね
         うれしい こえが ひびくのね」

 【所在地】北九州市八幡東区尾倉2丁目 小伊藤山公園内

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2009年 11月 14日 交流, 文化・芸術 | | コメント (0) | トラックバック (0)

50年会員と語るつどい (2009/10/4)

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2009年 8月 25日 イベント, 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

北九州、久留米両大学の協会班が交流 (2009/6/28)

北九州、久留米両大学の
協会班が交流

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 6月28日、北九州、久留米の両大学の日中友好協会班は、10名が参加して、福岡市内で、中国映画「人道と寛恕」と協会製作の「泥にまみれた靴で」を鑑賞した後、食事をともにしながら交流を深めました。当日、映画を鑑賞した県連の武田正勝会長が、学生たちを激励し、中村訓八常任理事が、いろいろとお世話をしました。

2009年 7月 8日 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

福岡ベトナム総領事館開設 歓迎会に武田日中友好協会県連会長ら参加 (2009/6/4)

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 6月4日、日本ベトナム友好協会福岡支部主催で、福岡ベトナム総領事館開設歓迎会が開かれました。ベトナム戦争反対板付基地包囲10万人集会が開かれてから40余年。当日は、ブーフィムン総領事を囲んで、国際友好団体をはじめ諸団体から約50名が一堂に集まり開設を祝いました。
 日中友好協会からは武田正勝県連会長、大井信明福岡支部事務局長が参加しました。

2009年 6月 9日 交流, 福岡県連合会 | | コメント (0) | トラックバック (0)

戦争の愚かさ、悲惨さを回顧録に 「五歳で超えた三十八度線」 尾崎満知子さんが出版

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尾崎満知子さんが出版

Img_20090608_03 会員の尾崎さんが綴った引き揚げの回顧録 「5歳で越えた38度線」が人々に感動を与えています。
 尾崎さんは、1943年佐世保市生まれ。職業軍人の父親に伴われ「満州」へ移住。45年8月、敗戦により父親は、シベリア抑留され、4歳の時、母、姉、弟、妹5人で故郷を目指したものの、食べるものもなく病気が蔓延し、 弟と妹も命をおとしました。4百人ほどの同行者は、半分に減り、「ソ連兵」に乱暴された女性もいました。
 幸いに、尾崎さんは、21年9月、日本に帰ることができました。3年後に、父親もシベリアから帰国しましたが、抑留中の苛酷な労働で体を病み脳溢血で倒れ、闘病生活後、若くしてこの世を去りました。
 尾崎さんは、同じ引き揚げ者で、作家の五木寛之さんの「生きて真実を語れ」の言葉に動かされ「回顧録」の執筆を思い立ちました。
 夫と二人の子を失い、戦前戦中を懸命に生き抜いてきた96歳の母親を日々あたたかく見守っている尾崎さん。「戦争の愚かさ悲しさを訴えなければ・・。戦いのない世の中になつてほしい」と一語一語かみ締めるように静かに語ってくれました。

2009年 6月 9日 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

船便の中に パスポート 落胆する中国青年を助ける

船便の中に パスポート

Img_20090421_01 落胆する中国青年を助ける

 坂井良則さん(日中友好協会福岡支部会員)は、在留中国人や留学生たちに日本語を教えるボランティア活動を続けています。
 3月29日、福岡市藤崎の教室で担当してきたシュウ君(26)が、一年間の長期出張を終えて武漢に帰国するので、福岡空港に見送りに。ところが、搭乗手続き中のシュウ君の様子がおかしい。慌てている。聞くと「別送した船便の中にパスポートもビザも入れてしまった」とのこと。
 「もう出国できない」と落胆している彼を慰め、阪井さんは善後策をシュウさんと相談。「①引き払った部屋の再使用②パスポートの再発行③ビザの再交付を受ける」と、行動計画を決めました。
 先ず不動産屋へ行き、事情を話して、寝る場所は確保しました。翌月曜日。朝一番に、シュウ君初めての中国総領事館へ。係の女性担当者に事情説明。領事と相談した上で「一回限りの証明書」(旅行証)を明日発行してもらうことに。
 翌火曜日。朝一番に(旅行証)を受領。空港にある入国管理所へ。入管では、日本語が不自由なシュウ君に代わって坂井さんが「経過と申請理由」を代筆。かなり待たされたが、何とか当日にビザを取得。
 翌水曜日。空港で搭乗手続き、出国審査を無事終えてほっとしたシュウ君を確認して、坂井さんもやっと安堵したそうです。
 この4日間に、坂井さんから受けた、並はずれた親切・優しさをシュウ君はおそらく生涯忘れることはないでしょう。(三)

2009年 4月 21日 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

80人が参加し新春のつどい 糸島支部 (2009/1/25)

80人が参加し新春のつどい  糸島
  支部

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 1月25日(日)新春の集いを開きました。当日は、前日からの大雪が降りしきる中、続々と集まって80人になりました。春節が翌日とのこともあり中国の留学生の大半は、本国に帰っていました。それでも3名の中国留学生とベトナム、ネパールの留学生合わせて17名が参加しました。
 集いは宗広有蔵支部長の「アメリカのオバマ大統領の誕生、日本の多くの若者に小林多喜二の蟹工船が読まれている」など、世界と日本の変化にふれ、糸島での日中友好運動の発展を展望した挨拶がありました。
 その後、宗広マツさんの指導で一斉に餃子つくりにかかりました。ひまわり会(中国人妻の会)も子供さんを連れて10人近くが参加し餃子つくりの指導を手伝いました。交流会は中国の歌、ベトナムの歌、ネパールの歌、オカリナ、太極拳など大いに盛り上がりました。
 参加者からは「初めて参加したがすごく楽しかった」「来年もぜひ参加する」などの声があり大好評でした。餃子講習会は3月から、日中のサークルとして開くことを拡大役員会で決めました。(東)

2009年 2月 11日 交流, 糸島支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

3年間、南京からの留学生を無償で指導 坂井良則さん

3年間、南京からの留学生を無償で指導

坂井良則さん

 

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 福岡支部の坂井さんは、南京鉄道技術学院から福岡国際コミニュケーション専門学校に留学してきた学生たちに、3年間にわたり週1回、国際交流を主眼にボランティアで日本語を指導してきました。 学生数は延べ18名に上ります。 しかし、同学院からの留学生は今年はとぎれたので、坂井さんの学生たちへの指導も一時お休みとなりました。
 坂井さんの熱心で誠実な指導には学生たちから「日本のパパ」として絶大な信頼を得ています。坂井さんは南京・蘇州などへ訪れた際には、帰国して元気に働いている学生たちと再会するなど交流を続けけています。この坂井さんと学生たちとの草の根の交流は、今後、大きな日中友好の花を咲かせることでしょう。       (K)

2009年 2月 11日 交流, 福岡支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

紆余曲折の五十年  文革の痛みを乗り越え

紆余曲折の五十年  文革の痛みを乗り越え

                      宗廣有蔵

 私が中国から帰国し舞鶴港に上陸してから50年が過ぎた。帰国直前の1958年6月、私の居た武漢市労働組会総連合会が催してくれた送別の宴で「互いに自国で日中友好に力を尽くそう」と誓い合った。それは今日まで私の頭から離れることはなかった。

 過ぎ去った半世紀、日中関係には紆余曲折があり、その度に胸を熱くし、心を痛めたりしてきた。だがその中で今もなお癒しきれず心の奥底で,染みの様な痛みを残したものがある。他ならぬ文化大革命での戸惑い悲しみ怒りの傷跡だ。しかしそれで私の日中友好への思いが挫かれる事はなかった。 戦後早くから日中友好運動を手掛け、嵐に抗して組織を守り抜き、癒しきれぬ痛みを持ちつつ,再建と発展に不屈に貢献している先輩・仲間が福岡にも全国にも多く居て、協会を土台から支えている。私も彼らに教えられ励まされている一人である。

 おかげで今なお50年前の「日中友好の絆になろう」という、今は存在すら分からない中国の友人との約束を生涯の信念として貫こうとしている。

 いま糸島支部では真面目で友好前進を自分の喜びにしている仲間が増え、その存在感を示し始めている。運動は人の育ち方で決まる。今年もまた回りの仲間とともに力をつけ、おおらかにしなやかに広がりをつくりたい。

2009年 2月 10日 交流, 糸島支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

市民レベルで交流を重ねて行けば、戦争には至らない。 中国青年幹部海外研修団・林北京医院長と古田美貴子さん再会

市民レベルで交流を重ねて行けば、
  戦争には至らない
中国青年幹部
 海外研修団

・林北京医院長と古田美貴子さん再会

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 創立百年をこす中国「北京医院」の林嘉濱院長は、一昨年暮に病院の幹部職員たちを前に次のような"講話"をしたそうです。
 「今回の日本への研修旅行で、強く感じたのは、日本の一般市民との交流の重要性です。
 福岡でのホームビジットでは、ごく普通の家庭に訪問しましたが、そこの女主人は友達数人と一緒に、私たち中国人訪問客三人に心のこもった家庭料理を用意して、温かく歓待してくれました。畳の部屋での座り方、お辞儀の仕方も教えてくれました。美味しい食事をし、酒も入って、楽しいおしゃべりをし、中日両国の歌や踊りも教えあいました。
 ここでの数時間は、非常に楽しいものでしたし、また有意義なものでした。日本の一般市民が中日友好を本当に願っていることを実感できました。こうして市民レベルで、お互いの生活・文化を知り合い、友好交流を積み重ねて行けば、たとえ政府段階で一時的に対立を生じても、それが戦争という最悪の事態に至ることは無いと確信しました」

 中国衛生部直轄の「北京医院」は、二千五百以上の職員を擁し、新中国成立後から中央党幹部・政府部局長、および80万余りの健保参加者の医療を引き受けている名門病院です。林院長は、一昨年11月「中国青年幹部海外研修団」の一員として来福、研修活動の一環として、快くホームビジットを請け入れてくれた二日市の古田美貴子(協会会員)さん宅を訪問し、北京での再会を約束していました。
 昨年暮れに古田さんは、息子さん夫婦と一緒に北京へ行き、一年ぶりに林院長との再会を果たしました。病院からは日本での研修経験者の事務長・二人の看護科長と、通訳として中日友好協会理事でもある職員の申さんも同席して、美味しいご馳走を満喫しながら、楽しい話がいつまでも続き、お別れにはまたの再会を堅く約束しました。(三)

2009年 1月 10日 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

帰国者の人を交えて新入会員歓迎のつどい 八幡支部 (2008/3/8)

帰国者の人を交えて新入会員歓迎のつどい 八幡支部

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 八幡支部は3月8日新入会員歓迎のつどいを行いました。
 当日は、朝9時に帰国者の方の家に餃子作り材料運搬のため、磯部支部長が行動開始。 会場には、帰国者の方20名と安部タマエさんが参加しての餃子作りが始まりました。 小倉支部から、深谷節子さんが参加してくれました。 餃子作りの合間には、帰国者の方同志が仲良く中国語で交流していました。 八幡支部からの参加は、13名でした。
 つどいの最初は、餃子パーティとなりました。
 歓迎と激励の挨拶を磯部支部長が行い、続いて北九州協議会会長の原博道氏が中国語を交えて挨拶をいただき、和やかな開会となりました。
 つづいて、残留孤児国賠訴訟福岡原告団の原田郁子さんと弁護団の安部千春弁護士の話に帰国者の方から今後のことも含めて質問もありました。 その後、北京風雷京劇団訪日公演の宣伝ビデオ鑑賞をした後、会員の皆さんの近況と友好の想い等を語り合いました。
 今後の取り組みについては、中国映画「覇王別姫」の上映会をすることを申し合わせました。(原)

2008年 3月 22日 中国帰国者, 中国残留孤児, 交流, 北九州協議会, 八幡支部 | | コメント (0) | トラックバック (0)

南京・揚州・鎮江・上海の旅 参加者の感想 2

   前のことを忘れず
      後世の戒めとなす

                  長崎県 橋口昭子

Img20071212_21 今日のために新装された会場は、8年前訪れた折とすっかり変わっていた。式は、予定通り進み、突然空襲警報のサイレンが鳴った。身体が恐怖にふるえた。九死に一生を得た62年前に引き戻されたのだ。70年前の今日、日本の侵略軍が、3ヶ所から南京に入城し6~7週間にわたって、放火、強姦、略奪をほしいままにし、市内7ヶ所で兵士、捕虜、非戦斗員老人子供の別なく虐殺したと記念館の資料は雄弁に語っていた。資料の中に日本の将兵が100人斬りを競う毎日新聞の切り抜きもある。その時の南京の人々の恐怖、憤り、苦しみ、無念はいかばかりだったろうか。式典でのスピーチ、記念館では、平和と中日友好が強調されていた。日本語を学んでいる学生との交流でも平和と友好と話してくれた。
 さて、日本はどうか、反省もなく、権力側もメディアも中国と北朝鮮の脅威を煽り、自公政府は、九条を改悪してアメリカのいいなりに戦争できる国にしようとしている。歴史の歯車を戦前に戻したい側は、南京で30万人虐殺していないなどとあらゆる機会をとらえて言っているが、日本軍国主義のもとで多くの南京市民を虐殺した事実は消せないのではないか。本当のことを知った私は、まわりにこのことを伝えて行こう。平和と友好の活動に確信を持って。
 記念館の出口に近いところに次の言葉があった。
  「前のことを忘れず後世の戒めとなす」 歴史は永遠に教科書である。

 

   南京事件70周年節目の行事 感無量

                  福岡 加藤君子

Img20071212_22 今まで中国へは何度も旅行したが、南京へ行った事はなかった。一度はやはり行かねばという義務感をずっと持っていた。今回はそれがかない、又、70周年という節目の行事に参加でき、多勢の中国人と共に広場に立った時は、感無量としかいいようがない気持ちとなった。
 南京鉄道学院の女学生さん2人と共に日本語で話をしたり、校内を案内していただき、彼女たちの熱心さに圧倒された。
 旅行中、バスの中やテーブルを囲んでの食事の時、普段なら話すことはない大川の家具職人の方々とおしゃべりができ、とても楽しい素晴らしい旅行となった。

 

   夢が実現して大満足

                 大牟田市 堀栄吉
                          堀ケイ子

Img20071212_23  第2回福岡県・江蘇省民間友好交流団の47名の一員として、夫婦で参加し多くの皆さんに、言葉の通じない国で親切にお世話いただいて深く感謝してます。
 妻が終戦引き上げで、旧満州ハルピンに14歳から7年間、4人家族で開拓団として暮らしていた関係で、中国旅行は夫婦で一度は行きたいと話していましたので、その夢が実現して大満足でした。
 福岡県連の今回の南京事件70周年に合わせた企画は、大成功で参加者一同様にも喜ばれた事と思います。5日間の一日一日が、大変有意義な企画と行事で食事もホテルも大満足でした。夫婦とも体重が3キロ増えました。
 南京で交流した日本語学校で勉強中の、新孫・黄リさん(20歳)・李コウガンさん(21歳)とはパソコンでメール交流ができるようになりました。ナイトクルージング、ジャズ喫茶も最高に満足して、風邪も治って元気で日常生活に戻っています。

 

   日本の現状とのギャップにショック

                 北九州市 乗定富子

 你好!旅行ではお世話になりました。
 内容の濃い有意義な旅行となりました。私は、小学生の時、映画「人間の条件」を観て衝撃を受けました。それ以来中国にはわだかまりがあり、特に南京には一度訪れ、辛いけど史実を直視し、一日本人として深く詫びたい気持ちですごして参りました。
 一般の観光ツアーには南京は含まれず、今回日中友好協会主催の旅があると知り、すぐ会員になり参加しました。式典に参加できた事は一生忘れえぬ思い出になる事でしょう。
 南京の子供たちが教科書で何ページにも及ぶ学習がある事をしり、日本の現状とのギャップにショックを受けました。
 今後も微力ながら平和な社会を目指し頑張りたいと思います。

2008年 2月 9日 交流, 日本語学校 | | コメント (0) | トラックバック (0)

南京・揚州・鎮江・上海の旅 感想 

事実を事実として
               上村 保   福岡

Img20071212_11  南京事件の起こった1937年は、ナチスドイツがスペインのゲルニカに空爆による世界最初の無差別攻撃を行った年です。同じ年に日本軍も南京に対して空爆を行いました。空爆のあと地上戦で日本軍による無差別虐殺、強姦、放火、略奪の数々と伝えられる南京侵略が始まりました。
 記念式典参列のあと、新しい資料館を見学しましたが、目を背けたくなる映像や写真、二人の将校の日本刀による「百人切り」を報道する日本の異常さなど、一人の人間から一つの国そのものまでを狂わせてしまう戦争を絶対に許してはならないと、平和の大切さと軍隊と戦争を放棄した憲法9条を守る大切さを、かみ締める旅になりました。
 今回の旅で、多くの南京市民を救った、ナチス党員でもあった、ジョンラーベという人のことを新しく知ることができました。「ジョンラーベの家」が資料館となっており、説明を受けながら、「南京のシンドラー」杉原地畝さんがいたことを知りました。
 上海師範大学では従軍慰安婦資料館を訪ね、教授からいろいろな説明を伺うことができました。
Img20071212_12  南京事件にしても、従軍慰安婦問題にしても、学んだことは「まず、事実を事実として受け止めて欲しい。そのことが、出発点だ」ということでした。事実を事実として認めないことは二重の加害行為につながります。「歴史認識」という表現で、中国が再三日本に求めているのはそこでしょう。「報復復讐のこころからは新しい未来は生まれない。しかし、過去の歴史と正しく向き合わなければ真の友好は築けない」。このシンプルな命題が、南京事件から70年、終戦から60年以上も経た、現在もなお、国会で「侵略戦争であった」と明言しない日本国に問われているのだと痛感しました。
 鑑真和上が祀られている大明寺を訪ねましたが、国と国の関係は平和交流であってこそ、文化も華やかに花開くのだと、遣隋使・遣唐使、その他の平和交流の歴史や、元寇の役、秀吉の朝鮮侵略、第二次世界大戦などの戦争の歴史を比較しながら、その思いを強くしました。

憎しみをあおるのではなく
平和を発展させる為

              井上 千代子   大川

 初めての中国旅行はとても有意義のものでした。
 平和集会の会場に入ると、いきなり、見上げる程の大石に刻まれたもがき苦しむ人の姿、天に突き上げた手は、悲鳴、うめき、呪いの叫びが聞こえてくるようで、私は圧倒されました。もうひとつ衝撃だったのは、中国では虐殺ではなく、屠殺と言われていたことです。
 会場には生存者の札を付けた盲目の婦人が時折り涙して立っておられまして。南京戦に参加した父をもつ甲斐悟さんは、その婦人を抱きしめていました。
 資料館では捕虜と住民に対する虐殺、暴行、強姦、略奪の数々。広いガラスの床の下には沢山の遺骨が折り重なっていました。日本ではプラスチックで作ったものではないかと言う人さえいるそうです。
 資料館を出ると、丸い石が沢山積み広げられています。30万個の犠牲者の尊い命の数です。ここは怒りの場です。
 しかし、中国は恨みや、憎しみをあおるのではなく平和を発展させる為という姿勢だと思います。日本政府は、過去の侵略戦争の事実を認めて早く反省してほしいです。
 知人が、「政府が言っている事が本当か、どっちが本当かわからない。」と言っていましたが、写真を見せて、この事実を話したいと思います。
Img20071212_13  南京鉄道職業技術学院の日本語を学んでいる生徒さん達と交流しました。私の相手は赴冠冠さん、二十歳。お父さんは会社員、お母さんは農業、高校生の弟の4人家族で寮に入ってアルバイトをしながら、日本語通訳を目指して、勉学に励んでおられました。中国の学生さん達は素朴で、明るく、意欲的でした。楽しい交流ができました。
 日曜日の魯迅公園には老若男女大勢の人が集まり、社交ダンスの輪があるかと思えば、向こうでは大合唱の輪、太極拳をしている人、編み物をしている人、路面に水で筆字を並べている人、それぞれ楽しんでいます。日本では失われてしまった人間本来の姿がここにありました。中国人が元気なのは、こんな人とのつながりがあるからではないでしょうか。
 バスに乗り込もうとしていると、「日本人ですか?はじめまして。」と二十歳くらいの娘さんが美しい日本語で話しかけてくれました。いろいろ話しかったけれど「勉強頑張って下さい。さようなら。」と別れました。一瞬の出合いでしたが、出会う人ごとに「ニイハオ」と挨拶を交わして、楽しい旅でした。

また中国に行きたい
              佐藤 由紀子   大川

 今回が初めての海外旅行。出発までソワソワ落ち着かない日々が続き、いざ中国へ出発。
 南京大虐殺のことをほとんど知らない私が70周年記念式典に参加した。これまで、いろいろな集会に参加してきたが、こんなに神妙で重い集会は初めてだ。参加者はキチンと整列し、バラバラではなくビッシリと会場を埋め尽くされていた。会場で盲目の老婆が涙を流していた。甲斐さんがその老婆を抱きしめた。
 式典のあと、資料館を見た。広島・長崎の原爆資料館は何度か見たが、戦争のむごさを初めて見たような気がする。人間が人間に直接手をくだす。戦争とはいえ、罪のない女性や子供を平気で殺す。首切り競争をする。同じ日本人として、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。そして、甲斐さんの謝りたい気持ちが初めてわかった。
 公園でお爺さんが日本語で「ようこそいらっしゃいました。」と微笑んで言われた。憎いはずの日本人にどうして微笑むことができるのだろう?資料館を見て、中国人の目が怖くなった私は、少しホッとし「ありがとうございます。」と言った。
 日本語を学ぶ学生との交流では、筑後弁しか話せない私は標準語を話せるか心配した。校舎のなかで話した二人の女学生はとてもかわいらしくて純真で、一生懸命に日本語で話してくれた。あまりためになることを話してあげられなくて申し訳なかったけれど、短い時間でも親しんでくれて感激した。別れ際には涙が出そうになった。
 揚州・鎮江・上海は、思っていたよりずっと発展していた。特に上海の高層ビルの大きさに驚いた。交通量がものすごく、道路の真ん中に歩行者や自転車が立っているのに驚き、ドライバーの運転の上手さに感心した。
 中国の人はとても元気がよく勤勉で、日本の将来が不安になった。
 水とトイレには困ったけれど、今回行けなかった同僚を連れて、また中国に行きたいと思っている。

2008年 1月 19日 交流, 日本語学校 | | コメント (0) | トラックバック (1)

南京・揚州・鎮江・上海で交流 (2007/12/12~12/16)

日 中 両 国 民 の 友 好
長江の如く滔々と流れよ
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 江蘇省立南京鉄道職業技術学院を訪問。幹部職員や日本語を学ぶ学生たちと交流。日本語学習のために大型の日本地図と会員から提供された書籍を贈呈しました。

 昨年は、日中国交回復30周年・南京事件70周年の節目の年にあたります。この記念すべき年に、福岡県連は福岡県が友好提携を結ぶ江蘇省の省都であり、二千四百年の歴史をもつ文化都市・南京や揚州、鎮江を12月12日から16日の間、47名(団長・原博道副会長)が訪問しました。
 この訪問の旅は第2回目で、長崎、大分、また、福岡日中文化センターの人々も一緒に参加しました。
 13日は、南京30周年記念集会に参加し、改装となった記念館を見学。平和への誓いを新たにしました。集会は中国国民を中心に各国から八千名を越える人々や報道関係者が参加しました。村上陽三さんと甲斐悟さんは記者の取材を受け、テレビなどで大きく報道されました。
 14日は省立南京鉄道職業技術学院を訪問し、幹部職員や日本語を学ぶ百名を越える学生たちと交流を深めました。また、日本語学習のために大型の日本地図と会員から提供された書籍を贈呈しました。
 14日午後は、日中友好の先達、鑑真和上のふるさとである揚州や鎮江なども訪問しました。
 鎮江では会場を借り切り、銘酒と中国料理を楽しみながら、交流を深めました。
 15,16日は急速に発展する上海の街並を見物しました。また、希望者ごとに雑技、ジャズバンド、クルーザーなどを楽しむとともに、慰安婦資料館、魯迅記念館なども訪れました。
 移動のバスの中では、「鑑真和上」について荒金卓也さん、従軍慰安婦について具島順子さん、平頂山事件について高尾翠さんが、それぞれ、永年の研究をもとに日中友好と平和の立場から心に残る感動的な話をされました。 (以後・続報)

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中国語?と「純粋」日本語で学生たちと交流 手を振って別れを惜しむ学生たち。純粋、素朴さに感動しました。

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 南京30周年記念集会に参加した県連会員や日中文化センターの人たち。平和への誓いを新たにしました。

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県連が献花した花輪 記念集会には未来を担う多くの子どもたちも参加

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 アイルランドの記者からインタビューを
受ける村上陽三さん
 鑑真も親しんだ揚州・痩西湖の畔で

2008年 1月 13日 イベント, 福岡日中文化センター, 交流, 日本語学校 | | コメント (0) | トラックバック (1)

「中国青年指導幹部訪日団」を大歓迎 10組の家庭、応援団と交流 (2007/11/11)

「中国青年指導幹部訪日団」を大歓迎
10組の家庭、応援団と交流

Img20071111_01  JAICA(独立行政法人 国際協力機構)が実施する、「中国青年指導幹部訪日団」の来福に際して、(財)日本国際協力センターから、協会福岡県連に、研修の一環として日本の一般家庭を訪問したいので受け入れに協力してほしいと、申し入れがありました。 福岡支部は福岡日中文化センターと相談し、受け入れを喜んで引き受けることになり、11月11日、10家庭で、お客様一行26名をあたたかく、もてなしました。

 この訪日団は、「中国共産党中央党学校」で研修中の「中堅幹部」で、大学の学長、国立病院の院長、銀行の副頭取、企業の社長、各級行政の長などを主要メンバーとする、近い将来の中国を実質的に担うことになる”錚々たる”顔ぶれです。福岡での「環境問題」への取り組み状況を研修するために来県しました。
Img20071111_02  当日3時から、市内のホテルで初顔合わせした10組の「訪日団」とホストは、すぐさま、「歓迎応援団と美味しいご馳走」が待っている各過程に向かいました。
 スリッパのまま畳の間に入ろうとして注意される人、和式のコタツに感心して寝そべる人、あぐらをかこうとしてひっくり返った人など、それぞれの家で、日中間の初対面のぎこちなさは瞬く間になくなり、おでん、すきやき、天ぷら、寿司などに舌鼓を打ち、お酒に喉を潤すうちに、いつの間にか”百年の朋友”になっていました。
 「この家庭訪問が今回の来日スケジュールの中で一番楽しかった。ありがとう」「今度中国に来たときには必ず連絡してください。キットですよ!」と別れを惜しみ、「こんな一般庶民の交流の積み重ねがあれば、中日間の平和が保たれる」と言った団員のことばが印象的でした。

2007年 12月 2日 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

民間交流の積み重ねが平和・友好の礎

中日友好協会代表団歓迎会の来賓挨拶
民間交流の積み重ねが平和・友好の礎
弁護士 後藤富和

Img20071108_21  中日友好協会代表団の皆様、ようこそ日本にお越しくださいました。
 かつて、ここ福岡には、多くの中国人の青年たちが日本軍によって拉致され、強制的に炭鉱で働かされて、多くの命が奪われました。かろうじて生き延びた青年たちも、賃金すら支払ってもらえませんでした。
 この事件について、日本の裁判所は、戦後60年以上の時が経っているから時効である等として、中国人被害者の訴えを退けています。
 しかし、彼らが法廷で流す悔し涙をみるとき、時間の経過によって、彼らが受けた痛みが決して癒されるものはないことを痛感しました。
 今後、中国と日本がアジアの平和のために協力していくために、わが国は、過去の過ちをきちんと償う必要があります。
 先日、私は、3歳と1歳の子ども達を連れて北京を訪問しました。子ども達が天安門広場や万里の長城を無邪気に駆け回る姿、そして、この子達に声をかけてくれる中国人の方の姿を見て、子ども達には国境の壁がないことを痛感しました。

 日本の憲法は、戦争を永久に放棄すると誓っています。では、どうやって平和を維持しようというのでしょうか。この点、憲法は前文で「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」安全を保持することを決意したとしています。ここで注目すべきは、「諸国」ではなく、「諸国民」を信頼するとしたことです。
 それは、すなわち、日本、中国という国の単位で考えるのではなく、一人の日本人が一人の中国人を、一人の中国人が一人の日本人を信頼すること、つまり隣の人と仲良くすること、これが大きく広がってこそ平和が実現するとしているのです。
 今回、両国の友好協会がこのような形で交流することは、憲法が理想とする「諸国民」の信頼を構築する貴重な機会であると感じています。
 このような民間交流の積み重ねが両国の平和・友好の礎になることでしょう。
 皆様の来日を心より歓迎いたします。

2007年 12月 2日 中国人強制連行・強制労働事件, 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

中日友好協会代表団を迎えて 県連大会開く (2007/11/8)

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人間味あふれる活動を進め、二千名の組織を目指す

 日本中国友好協会福岡県連合会は11月8日、福岡日中文化センターで、中日友好協会代表団(団長・井頓泉常務福会長以下4名)を迎えて。第46回定期大会を58名の代議員が参加して開きました。
 昼休みには、江蘇省立南京鉄道職業技術学院の学生7名と食事をしながら交流を深めました。
 大会は新生・八幡支部から3名の代議員、大牟田準備支部から久方ぶりの参加、大川及び宗像糟屋地域での支部準備の具体化、若い専従事務局員の確保などの発言もあり、討議は最高に盛り上がりました。
 大会は、この1年間の活動の総括、新年度の活発な運動方針、人事などを討議し、満場一致で承認しました。
 また、大会は「人間味あふれる活動を進め、各層、各界の理解と協力を得て、県下すべての市区町村に協会の支部、班をつくり、当面、二千名の会員・日中友好新聞読者を擁する県連を目指して奮闘します」と更なる前進を誓い合いました。

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 大会後、会場を近くのホテルに移し、井団長から「中国の現状と日中友好」とのテーマで、40分間、スピーチを聞きました。
 氏は中国が大きく発展していることを紹介すると共に、経済成長のもとで生じている諸問題を解決するために、「調和社会」をめざして政府は全力を尽くしていると報告しました。
 また、日中友好と世界の平和のために、日中友好協会や諸団体と力をあわせて中日友好協会は頑張りたいと語りました。その後、台湾問題、日中友好に対しての姿勢などについて、時間を超過するほど質問がだされました。

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 歓迎パーティーは、中村淑子さん、横田雅紫津さんの琴の演奏でオープニング。武田正勝会長が歓迎挨拶。団長が代表団の紹介の後、永年、苦難に屈せず中国国民との友好のために運動を続けてきた協会に対しての感謝の言葉をのべ、「歴史を鏡とし、未来に生かして中日友好を広げましょう」と挨拶しました。
 来賓の後藤富和弁護士、中国帰国者の会会長・木村琴江さんの挨拶を受けたあと、福岡日中文化センター村上陽三所長の乾杯の発声。
 趙萍さんの胡弓演奏、太極拳、会員のどじょうすくい、炭坑節の総踊り、東京ー北京の合唱を豪華な?料理とアルコールをとりながら楽しみ、交流を深めました。 Img20071108_04

2007年 11月 21日 交流, 福岡県連合会 | | コメント (0) | トラックバック (0)

中国代表団「日中不戦の碑」に感謝 (2007/11/9)

中国代表団「日中不戦の碑」に感謝
                     大宰府を訪問
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 11月9日、中日友好協会代表団は大宰府を訪問しました。この地はかつて「遠のみかど」と呼ばれ、大陸との交流の窓口でした。中国との交流を物語る遺跡が数多くあります。そういうことから両協会の友好を深めるには大変ふさわしいところと考え今回お招きしました。
 まずは1969年建立の鑑真和上ゆかりの戒壇院にある「日中不戦の碑」。当地在住の県連副会長の北川榮市さんと協会員で市議会議員の武藤哲志さんが来歴の説明。県民の浄財を集めて建ったこと、もとは隣接する観世音寺にあったが無断で藪に捨てられていたのをみんなで再度戒壇院に設置したこと、当時の日中関係などの話をしました。4人の代表団は「困難な時期によく建立されたものだ。感謝します」と感心していました。
 ついで、大宰府政庁跡=都府楼跡、天満宮参道を散策したあと、「定遠館」を訪ねました。建物は古く傷んでいます。ここは、日清戦争時、中国の有名な巨艦「定遠」の甲板や船長室の調度品を戦利品として奪ってきて門扉や装飾に使ってある、いわば19世紀の中国侵略の象徴ともいえる建物です。中日友好代表団の方々は大いに関心を持って、つぶさに観察し、中国人の前にある名鑑の遺物に感慨深げでした。
 昼食後、天満宮の人ごみの中を歩いて、隣接する光明禅寺を訪れ、秋の日本庭園を鑑賞しました。美しさ、優雅さに感極まっているようでした。

2007年 11月 21日 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

福岡市長、副議長と懇談 (2007/11/8)

福岡市長、副議長と懇談
 代表団は、8日、武田正勝会長、岩佐英樹理事長の案内で福岡市役所を訪問し、吉田宏市長、久保浩副議長らと懇談しました。

2007年 11月 20日 交流 | | コメント (0) | トラックバック (0)

胡弓、琴、太極拳、踊り、歌声であたたかい交流を深める (2007/11/8)

 

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2007年 11月 20日 交流 | | コメント (0) | トラックバック (1)