京劇俳優になるまで (その1) 田村容子 第四回京劇講座
-好評の田村容子先生による京劇講座。第四回は、9月7日に福井で行われた第3回京劇講座の講演原稿を先生に書いていただいたものです。-
京劇俳優になるまで (その1) 田村容子

こんにちは、福井大学教育地域科学部の田村容子です。
今日は、京劇講座の第三回目、講座はこれで最後となります。京劇の基本的な決まりについては、一回目・二回目で大体お話してきたので、今回は、京劇の俳優になるまでに、一体どのような修行が行われるかについてお話します。
京劇の歴史はおおよそ200年ほどで、18世紀末から19世紀にかけて徐々に形づくられたと言われています。20世紀になるまで、京劇の俳優は「科班」というところで養成されるのが一般的でした。
「科班」とは、旧時の俳優養成所で、劇団も兼ねている一座のことです。師匠が弟子をとり、一緒に生活しながら芸を仕込み、興行もするというやり方です。




北京風雷京劇学校
契約期間は7年ほどですが、その間は特別な用事がなければ家に帰れません。映画『さらば、わが愛 覇王別姫』をご覧になった方はおわかりだと思いますが、
稽古は基本的に体罰を伴ったものです。稽古中に事故などによって怪我をしたり命を落としたりしても、科班は責任を負わないという取り決めが契約の際に交わ
されることもありました。
科班に入った子供たちは、昼は芸を学び夜は興行をするという生活を送るのですが、契約期間中の公演の収入は師匠のもとに入ります。年季が明けて、人気役者になってやっとそれまでの苦労が報われるのです。
1930年代になると、そのような科班とは異なる、京劇の専門学校が設立されます。これには、中国社会の近代化に伴い、俳優の地位が向上したことや、演劇によって大衆に社会改良などの思想を広めることが期待され、海外留学に行くような知識人が演劇に関わるようになったことが関係しています。
そのような知識人たちは、新しい時代の京劇俳優には教養が必要だとして、京劇以外の教養科目も学べる専門学校を作りました。1949年に中華人民共和国が成立してからは、中国各地に京劇の専門学校が作られ、北京には中国戯曲学院という大学もあります。
大学卒の京劇俳優というのは、かつては考えられないことでしたが、現在では珍しくありません。もちろんかつてのように家の貧窮が理由で専門学校に入ることはなく、現在は小さい頃から習い事として京劇を習っており、子供が自分で希望して入るケースが多いそうです。日本と違い、世襲制度ではなく、学校制度によって伝統演劇の俳優が養成されるというのが中国では主流のシステムです。
(福井大学教育地域科学部講師)
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