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京劇俳優になるまで (その2)  田村容子 第四回京劇講座

京劇俳優になるまで (その2)  田村容子

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 次に、現在の専門学校では、どのような訓練をしているかについてお話します。
 まず、専門学校は小学校卒業、あるいは中学校卒業後に入学しますが、最初は基礎訓練から始めます。早朝に起きて発声練習をし、その後絨毯の上でのアクロバット(宙返りなど)や、所作、殺陣などを一通り身につけます。同時に、一般教養として、普通の学校で習うような国語・歴史・政治といった科目も勉強します。
 その後、三ヶ月~半年後に、役柄の専攻を決定します。これは本人の希望ではなく、先生が学生の適性を見て決めるので、望んでいた役柄とは違うものに決まる場合もあります。
 重要なのは声の善し悪しで、それによってうたを中心とする役柄なのか、動きを中心とする役柄なのかが決まります。もし動き中心の役柄になった場合、アクロバットや殺陣などは、ひたすら練習することによって身につけるそうです。現在ではかつてのような体罰式ではなく、スポーツ選手のような厳しい練習をしているといえるでしょう。
 専攻が決まったら、その専門の先生について、役柄別に少人数で訓練を行います。短い演目から少しずつ芝居を覚えていき、学生のうちから稽古公演のようなことも行います。中国では、そのような学生の京劇公演がときどきあり、小中学生くらいの子供が衣装をつけて大人と同じように京劇を演じます。子供といっても技芸はすでに一人前で、京劇ファンは専門学校の学生のうちから優れた素質のある子に注目し、その成長を見守るのです。
 (福井大学教育地域科学部講師)

 (その1から読む)

京劇俳優になるまで (その1)  田村容子 第四回京劇講座

 -好評の田村容子先生による京劇講座。第四回は、9月7日に福井で行われた第3回京劇講座の講演原稿を先生に書いていただいたものです。-

京劇俳優になるまで (その1)  田村容子

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田村容子先生

 こんにちは、福井大学教育地域科学部の田村容子です。
 今日は、京劇講座の第三回目、講座はこれで最後となります。京劇の基本的な決まりについては、一回目・二回目で大体お話してきたので、今回は、京劇の俳優になるまでに、一体どのような修行が行われるかについてお話します。

 京劇の歴史はおおよそ200年ほどで、18世紀末から19世紀にかけて徐々に形づくられたと言われています。20世紀になるまで、京劇の俳優は「科班」というところで養成されるのが一般的でした。
 「科班」とは、旧時の俳優養成所で、劇団も兼ねている一座のことです。師匠が弟子をとり、一緒に生活しながら芸を仕込み、興行もするというやり方です。

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北京風雷京劇学校
 かつての中国では芸人の社会的地位が大変低く、どういう人が科班に入るかというと、家の貧窮が原因で入門するケースが多かったようです。この頃の京劇俳優というのは、希望して目指す職業とは言い難く、科班の修行も大変厳しいものでした。
  契約期間は7年ほどですが、その間は特別な用事がなければ家に帰れません。映画『さらば、わが愛 覇王別姫』をご覧になった方はおわかりだと思いますが、 稽古は基本的に体罰を伴ったものです。稽古中に事故などによって怪我をしたり命を落としたりしても、科班は責任を負わないという取り決めが契約の際に交わ されることもありました。
 科班に入った子供たちは、昼は芸を学び夜は興行をするという生活を送るのですが、契約期間中の公演の収入は師匠のもとに入ります。年季が明けて、人気役者になってやっとそれまでの苦労が報われるのです。

 1930年代になると、そのような科班とは異なる、京劇の専門学校が設立されます。これには、中国社会の近代化に伴い、俳優の地位が向上したことや、演劇によって大衆に社会改良などの思想を広めることが期待され、海外留学に行くような知識人が演劇に関わるようになったことが関係しています。
 そのような知識人たちは、新しい時代の京劇俳優には教養が必要だとして、京劇以外の教養科目も学べる専門学校を作りました。1949年に中華人民共和国が成立してからは、中国各地に京劇の専門学校が作られ、北京には中国戯曲学院という大学もあります。
 大学卒の京劇俳優というのは、かつては考えられないことでしたが、現在では珍しくありません。もちろんかつてのように家の貧窮が理由で専門学校に入ることはなく、現在は小さい頃から習い事として京劇を習っており、子供が自分で希望して入るケースが多いそうです。日本と違い、世襲制度ではなく、学校制度によって伝統演劇の俳優が養成されるというのが中国では主流のシステムです。
 (福井大学教育地域科学部講師)

 (その2につづく)

京劇 ここが面白い!(3) 田村容子 第三回京劇講座

 京劇 ここが面白い!(3)最終回 田村容子

  劇場を高めあう俳優と観客

 今回、北京風雷京劇団が日本で上演する演目は、『扈家(こか)荘(そう)』、『覇王別(はおうべっ)姫(き)』、『美猴(びこう)王(おう)』の三本である。いずれも、長編の見せ場のみを短く上演する「折子戯(ジョーヅシー)」であり、筋の展開を追うよりも、俳優の身体の動きに注目したほうが楽しめるものばかりである。そこで、演目ごとの見どころをご紹介したい。

Kyougeki3_1  まず『扈家荘』は、ヒロイン扈三娘が男まさりのたちまわりを見せるところが痛快である。とくに、敵陣の男たちに囲まれ、次々に投げられる槍を華麗な足さばきで返す大技「踢(ティー)(足+易)出手(チューショウ)」は、女性ならではの素早い身のこなしと艶やかさが注目である。

 『覇王別姫』では、「四面楚歌」で有名な垓下(がいか)の戦いで、敗北を悟る項羽に対し、虞姫が酒をすすめて慰める。ここで虞姫が見せるのが、名女形であった梅蘭芳(メイランファン)の創作した剣舞である。中国武術を取り入れた動きも美しいが、背景に流れる音楽「夜深沈」も名曲なので、その旋律にもぜひ耳を傾けてほしい。

 『美猴王』には、まだ三蔵法師と出会う前の、暴れん坊だった孫悟空が登場する。孫悟空というのは特殊な役柄であり、サルでありながら強く、ヒーローでもある。サルならではの滑稽で身軽なしぐさ、そして神通力をあらわすたちまわりの巧みさが俳優には要求され、演じるのがとても難しい役どころといえる。今回の上演では、団長自らが扮する孫悟空の演技力に期待したい。

 ところで、京劇を見るときの楽しみの一つは、演技の切れ目やカーテンコールの喝采である。鳴り止まぬ喝采は俳優にとっては直接の評価であり、中国の観客の喝采は「好(ハオ)!」「好(ハオ)!」が連呼され、すこぶる情熱的である。そんな観客の喝采にこたえ、俳優もまた一層奮起し、ともに劇場の一体感を高めあっていく…というのが、京劇の至福の瞬間ではないかと思う。このたびの日本公演でも、各地の会場で喝采が響きわたることを願っている。
 (福井大学教育地域科学部講師)

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京劇 ここが面白い!(2) 田村容子 第三回京劇講座

 京劇 ここが面白い!(2) 田村容子

  町の公園がステージに

Kyougeki2_1  京劇の愛好者の中には、見るだけでは飽きたらず、自ら演じてしまう人々がいる。そのようなアマチュアの愛好者を「票(ピャオ)友(ヨウ)」と呼び、彼らは同好の仲間で「票房(ピャオファン)」というサークルを作って活動することが多い。

 票友の稽古は、ふだんは公園やまちの公民館などで行われる。経験の長いベテランや楽器を弾ける人が先生役として皆を指導するほか、プロの京劇俳優を招き、特別に稽古をつけてもらうこともある。また、茶館やホールを借りて発表会を行うこともあり、その場合は衣装もつけ、うたのみならず所作の練習も必要となるのでかなり本格的に稽古することになる。

 筆者が留学していた90年代の天津では、早朝や夕方の公園に、京劇をうたう票友のおじいさんがたくさん集まっていた。伴奏の京胡が前奏のメロディーを奏でると、一人ずつ前に出て順番にうたってゆく。曲は自分の課題曲をリクエストでき、ほかのメンバーと重複するときは順番が重ならないように譲り合うこともある。ちょっと若者のカラオケと似ているかもしれない。

 公園のこの光景は、当時の天津には当たり前のようにあり、ほかの遊び客や通行人も彼らの存在を当然のように受け入れていた。しかし、ある時、公園の空気が一瞬にして変わるのを目の当たりにしたことがある。伴奏が始まり、まだ若い男性が一声うたい出すと、たちまちその周りに人だかりができた。中高年がほとんどである票友の中、若い男性はひときわ目立つ。しかも抜群に上手かったのだ。

 それは、公園がステージに変わった瞬間だった。票友の仲間のみならず、通りすがりの人々までもが輪になって彼を取り囲み、うたい終わりには「好(ハオ)!」「好(ハオ)!」の声が飛ぶ。京劇とは、鑑賞するものではなく参加して一体感を得るものであり、観衆がすばらしい芸に触れるとき、どんな場所もステージになり得る。この体験は、京劇を楽しむ上での真理のようなものを直観させてくれたように思う。
 (福井大学教育地域科学部講師)

 (3)につづく  (1)から読む

京劇 ここが面白い!(1) 田村容子 第三回京劇講座

 -好評の田村容子先生による京劇講座。第三回は、「京劇 ここが面白い!」。今回は、十河都さんのイラストを添えてお送りします。十河都さんのサイト「京劇の都では、素敵なイラストや話題が楽しめます。
 (この記事とイラストは、日中友好新聞08年8月15日号~9月15日号に3回連載されたものを、田村容子さん、十河都さんの許可をえて転載しました。新聞紙面では、白黒でしたがカラーでお届けします。)

 京劇 ここが面白い!(1) 田村容子

  気取らない庶民の娯楽

 北京オリンピックが終ったらいよいよ「風雷京劇団」。秋の全国巡演に向けて、福井支部の「京劇講座」で講師をつとめる田村容子さんに、京劇の魅力や楽しみ方などを自らの体験も交えて解説してもらいます。

Kyougeki1_1  京劇との最初の出会いは、大学生のときに見た上海京劇院の『扈三娘(こさんじょう)與(と)王(おう)英(えい)』だった。これは今秋来日する北京風雷京劇団の『扈家(こか)荘(そう)』と同様、『水滸伝』に材をとった物語である。武芸に秀でたヒロイン扈三娘(こさんじょう)が、四方から投げられる槍をリズミカルに蹴り返し、素早く身を翻すたび、極彩色の衣装の裾がパっと広がる。そのとき間近に体験した京劇の色彩と音楽の迫力は、その後もなかなか脳裏から離れなかった。

 やがて、京劇の後を追って中国へ留学し、天津で観劇三昧の日々を過ごすことになる。天津は芝居の盛んな土地柄で、90年代半ばにはまだ茶館も数軒残っていた。
 京劇の公演のない日は、授業が終わると茶館に出かける。すると、天津京劇院の若手俳優が「清(チン)唱(チャン)」といってメイクなしの普段着でうたっていたり、「票(ピャオ)友(ヨウ)」といわれるアマチュアの京劇愛好家がのど自慢に興じたりしているのを見ることができた。

 茶館の客はおじいさんばかりで、みな日がな一日、お茶を飲んで過ごしている。やかんを持ったおばさんが時々徘徊し、茶葉の入ったカップにお湯をつぎ足してゆく。
 人気俳優や常連客が舞台に立って一声うたうと、「好(ハオ)!」の掛け声が飛び交い、館内はにわかに騒然とする。誰もお酒など飲んでいないのに、一体何に酔ってこんなに盛り上がれるのだろう?茶館に通ううちに、京劇の面白さとは、その厳しい修行を経た芸の力のみならず、それを見る人々によっても支えられているのだと思うようになった。

 茶館のおじいさんたちは、日本から来た中国語の下手な留学生に、とても親切に京劇の見方を教えてくれた。お茶を飲み、おしゃべりを楽しみながら、名演技には盛大に掛け声をかけて盛り上がる…残念ながら、現在の中国では、このような場所は少なくなっている。しかし、気取らずに見られる庶民の娯楽であることこそが、京劇の一番の魅力なのではないかと思う。
 (福井大学教育地域科学部講師)

 (2)につづく

京劇の見どころ (その4) 田村容子 第二回京劇講座

「京劇の見どころ」 (その4) 田村容子 第二回京劇講座

Img_20080912_01  次に、京劇の衣装や小道具の代表的な決まりについて説明します。
 まず、戦いの場面に登場する武将は、たいてい写真のような姿で背中に旗を背負っています。この旗は軍勢を表すもので、旗の数はその武将が率いている軍勢の多さを表します。
 もう一つ、第一回でも少しお話しました馬の鞭です。京劇は歴史物語が多いので、登場人物の多くは馬に乗って戦ったり、移動したりします。しかし、京劇では馬そのものが登場することはなく、馬の鞭で馬に乗っていることを表します。
 馬の鞭を手に持っている人がいたら、その人が馬をつれていることを表します。鞭を振り上げているときは、乗っているところを表します。演目によっては、伴奏の胡弓が馬のいななきのような音を出して馬の存在を表すこともあります。

 次に、京劇の動きの型の決まりについて説明します。
 まず、人物の登場・退場ですが、京劇では基本的に舞台の左から登場し、右に退場します。京劇の昔の舞台は正方形で、後ろの一面を除いた三方から観劇できるようになっていました。後ろの面には二つ出入り口があり、左のほうが登場する口で、右のほうが退場する口です。現在では、京劇は普通の洋式劇場の舞台で上演されますが、この決まりが守られているのです。
Img_20080912_02  それから、人物が出てくると、舞台の中央でぐるぐると円をかいて歩くことがあります。これは、長い距離を移動したことを表します。先ほど、舞台装置を使わないというお話をしましたが、人物がぐるぐる歩き出したら、それは場面の転換、違うところへ移動したということを表します。目に見える形でセットが変わるわけではないので、このことを知らないと物語の筋がわかりにくいことがあるかもしれません。京劇は舞台装置を使わないので、俳優の動きだけで簡単に舞台の上の空間を変えてしまうことができるのです。

 京劇の動きには、今申し上げた距離の移動のように、知らないとわかりにくいものもありますが、パントマイムのように見てわかりやすいものもあります。手で戸を開けて足でまたぐしぐさをすれば、それは外から部屋の中に入ったことを表します。
 ドアのセットがあるわけではないので、よく見ていないと見落としてしまいますが、たとえば、同じ舞台の上に二人の人がいるとしても、その二人が顔を合わせているわけではない場面が京劇にはよく出てきます。一人が戸を開けてまたぐしぐさをして、初めてもう一人の人が入り口に迎えに行き、顔を合わすのです。

Img_20080912_03  それから、京劇を初めて見る人に、「時々舞台の上に客席に背を向けて立っている人がいますが、あれは何ですか?」とよく質問されます。
 京劇は、基本的にはその場面の主役の演技を見るものなので、関係ない脇役は、その間演技をしません。現代劇や映画では、そういうことはありません。舞台や画面の、どんな隅っこの人も、何かしら演技をしています。
 京劇では、その場面の中で関係ない人は、演技をしないでただ立っています。それ自体が一種の演技といえるかもしれませんが、主役の演技に反応して何かを言ったり表情を作ったりすることはありません。主役の後ろに沢山の人がただ突っ立っているような場面では、脇役としての「何もしない」演技をしている状態です。

 (第二回京劇講座 おわり)  (その1から読む

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京劇の見どころ (その3) 田村容子 第二回京劇講座

「京劇の見どころ」 (その3) 田村容子 第二回京劇講座

Img_20080909_01  最初に、衣装の決まりについてお話します。
 京劇の衣装は、主に人物の身分を伝える役割を果たします。さきの役柄の分類と、衣装の決まりを頭に入れておけば、登場人物が出てきただけで、どういう身分・年齢・性格の人なのか大体わかるようになっています。
 デザインは明代の服装をもとに、京劇が成立した清代の服装の決まりなどを取り入れて様式化されており、伝統的な演目では、基本的にどんな話でも同じ様式の服装を用います。つまり、物語の時代や、地域や、季節が暑いか寒いかといったこととは関係なく、常に一定のパターンの服装を使い回しているということです。
 京劇の服装というと鮮やかな色づかいが特徴的ですが、この色には決まりがあります。主役は「上五色」といって、黄・赤・白・黒・緑の原色を身につけます。とくに、黄色は高貴な色なので、皇帝や身分の高い人が身につける色です。
 それに対して、脇役は「下五色」といって、原色ではない色を身につけます。桃色・藍色・紫・浅緑・水色ですが、水色のかわりに茶色を入れて「下五色」という場合もあります。
 実際の舞台を見るとよくわかりますが、やはり原色は舞台の上でよく映えます。主役は一目見てわかるようになっている、そういうわかりやすさが京劇のいいところです。

 次に衣装の刺繍に使われる図案についてです。
 よく使われるのは、龍・鳳凰・雲・波などのデザインで、いずれも中国ではおめでたい図柄です。中でも、龍は皇帝や身分の高い人の衣装に使われます。そのほか、花や蝶、コウモリなどの柄もあり、いずれも伝統的な中国絵画でよく使われる図柄です。
Img_20080909_03 それから、袖の先に白い部分がありますが、これは白い長い絹がつけられています。これを「水袖」といいます。普段は折りたたんだ状態になっていますが、時々、人物が袖を払って一旦長くのばし、もう一度折りたたむしぐさをすることがあります。
 折りたたむときに手は使わず、袖をすっと動かすだけできれいに折りたたむという演技術を使います。この一連の動作は、人に会う前などに身なりを整えているところを表します。水袖を使った演技にはいろいろな種類があるのですが、これで顔を隠したり、涙をふいたり、また女役の旦の演技で、水袖を八の字に振り回すというのがあります。基本的な技術ですが、実際にやってみると長い水袖をきれいに回転させるにはかなりの力を必要とします。
 それから、京劇の刺繍には絹糸が用いられており、高級なものはすべて手縫いです。そのため、京劇の衣装は洗うということはせず、アルコール度数が50度以上あるきつい中国酒をふきかけて汗のにおいをとばし、手入れします。

 (その4につづく)          (その1から読む

京劇の見どころ (その2) 田村容子 第二回京劇講座

「京劇の見どころ」 (その2) 田村容子 第二回京劇講座

Img_20080907_00  それから、俳優には四つの役柄類型があります。

 一つめは「生」(ション)、一般的な男性役で、うたを中心とする役柄です。ひげをつけているのが成人男性、つけていなくて裏声まじりの声を出すのは若い男性です。

 二つめは「旦」(タン)、女性役全般です。性格や演技術によってさらに細かく分かれますが、『扈家荘』のヒロイン扈三娘は「武旦」、立ち回りを中心とする役柄です。ほかにうたを中心とするおしとやかな女性役や、しぐさを中心とする活発な女性役などがあります。
 旦は1920~30年代まで、女形(つまり男性)が演じるのが普通でした。二十世紀初頭、北京では女性が公共の劇場で演技をすることが禁止されていたせいです。やがて清朝が滅びて中華民国が成立し、中国社会が外来の文化を受け入れると同時に、女性の劇場出演の機会も増えていきます。1949年に中華人民共和国が成立した後は、女役は女優が演じるのが普通になりました。
 このことについては、日本の能や歌舞伎などと比較して、芸術上の伝統を滅びさせるのはいかがかという意見も、最近の中国国内では聞かれるようになりました。そのため、現在では京劇学校の若い男子学生を女形として育てる試みも行われているようですが、まだ一般的とはいえません。
Img_20080907_02  ちなみに、今年の三月に京都で坂東玉三郎が、「崑劇」という京劇よりもさらに古い歴史を持つ、中国の伝統劇を上演しました。五月には、玉三郎丈は北京で公演を行い、中国の観客の前で日本人の上演する崑劇の女形芸を披露されています。現在の中国の観客の中には、男性が女を演じることに抵抗を感じる人もいるかもしれません。しかし、崑劇がユネスコの世界無形文化遺産に認定されたこともあり、今後は伝統の見直しと再生の一環として、女形も注目されていくかもしれません。

 四つの役柄のうち、三つめは「浄」(ジン)、隈取りをした男性役です。隈取りは常人とは異なるオーラをあらわすもので、気性の激しい人物や、妖怪などがこの役柄です。隈取りの色にはそれぞれ意味があり、赤は義侠心、白は狡猾、黒は正義感、金は人間以外のものを表します。

Img_20080907_01  四つめの役柄は「丑」(チョウ)、これは道化役です。鼻のまわりだけを白く塗っているのが特徴で、せりふやしぐさで笑わせるものと、立ち回りを中心にするものに分かれています。道化役のせりふだけは、現在の北京語に近い言葉遣いが使われ、現代の観客も耳で聞いてすぐ笑えるような、わかりやすいせりふを話します。

 ここまでが前回のおさらいです。今までお話したことが、京劇を見る上でもっとも基本的な決まり事で、これを知っているだけでもすいぶん京劇の楽しみ方が違ってくると思います。今日はさらに、もう少し詳しいお話、衣装や動きの決まりについてお話しましょう。

 (その3につづく)          (その1から読む

京劇の見どころ (その1) 田村容子 第二回京劇講座

「京劇の見どころ」 (その1) 田村容子 第二回京劇講座

 -7月に5回に分けて掲載しました、福井大学教育地域科学部講師の田村容子先生による第一回京劇講座。第二回は、「京劇の見どころ」と題して4回にわけて、お送りします。-

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田村容子先生

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 こんにちは、福井大学教育地域科学部の田村容子です。
 今日は、京劇講座の第二回「京劇の見どころ」についてお話します。京劇の基本的な決まりごとについては、第一回で説明しました。はじめに、第一回の内容を簡単におさらいしましょう。

 まず、「一桌二椅(イージュオアルイー)」という決まり事です。これは、一つのテーブルと二つの椅子という意味です。京劇の伝統的な舞台では、リアルな舞台装置は使用せず、宮殿の中の皇帝の物語であれ、庶民の貧しい家の中であれ、すべてこのテーブルと椅子で表現します。実際はテーブルと椅子にそれぞれ刺繍入りの派手な布をかけて使うので、その色やテーブルと椅子の配置から、ある程度の状況はわかるようになっています。
 しかし、京劇は基本的に、俳優の演技の型によって舞台上の一切を表現する演劇です。したがって、俳優の動きに合わせて、舞台の上の時間も空間もあっという間に変わってしまうということがよくあります。新作ではリアルなセットを使った京劇も上演されますが、伝統的な演目を見るときは、セットの転換はありません。ですから、いつも俳優が何をしているところなのかを想像しながら、細かいしぐさに注目するという楽しみが生まれます。

 次に、俳優の演技は、四つの要素「唱・念・做・打」に分けることができます。「唱(チャン)」はうた、「念(ニェン)」はせりふ、「做(ツオ)」はしぐさ、「打(ダー)」は立ち回りです。
 長編の京劇ではうたによる感情表現や、せりふによる状況説明も重要になってくるのですが、短編の中にはほとんどうたやせりふがなく、パントマイムのようなしぐさや、アクロバット的な立ち回りのみを鑑賞するものもあります。今度福井に来る演目も、そういうものが選ばれています。
 うたやせりふは、現代の中国語とは発音が違い、韻をふんだ古文になっているので、京劇を聞き慣れている人でないと中国人でも聞き取れないと言われています。福井に来る演目のうち『覇王別姫』は、うたや伴奏の音楽も有名です。たとえ細かい語句の意味はわからなくとも、音楽として楽しみ、耳を傾けていただければと思います。

 (その2につづく

名優・梅蘭芳さんの舞台を見る

 このブログの「京劇講座」や「松岩団長からのメッセージ」にもありました、京劇の名優・梅蘭芳(メイランファン)。1952年にその舞台を見た櫻井英雄さん(93歳)の手記を掲載します。 (「日中友好新聞」より転載)

 貴妃酒に酔いしれた思い出

  名優・梅蘭芳さんの舞台を見る     櫻井英雄

 1952年、中国で開催されたアジア太平洋地域平和会議に出席するため私は、マカオから密かに国境を越えて北京入りした。また、前進座の中村翫右衛門氏を団長とした労働組合代表の一行は海路で猛烈な嵐に遭遇し、難破寸前の航海を経て陸路北京入りした。
 中国側のあたたかい歓迎の後、宿舎の部屋に接待役の肖向前氏が来室され、「今宵、京劇の舞台が催され、演者は梅蘭芳が務めます。毛主席もあなたの後ろの方で一緒に観劇されます。そのため絶対に後ろを振り向かないでください」と告げられた(肖氏によれば毛主席は大変な京劇ファンである由)。
 私は胸の高鳴りをおぼえた。中国京劇界の伝説的名優と謳われながら、老齢のため公の場に姿を現すことは皆無という梅蘭芳さんの演技を直に、毛主席とともに見ることができるという機会を得たのだ。

 揺れ動く感情表現に釘付け

 案内されたのは数十名が入ればいっぱいとなる小部屋で、舞台には客席と向かい合う形で一対の椅子とテーブル、その上に酒器が置かれていた。
 貴妃は皇帝の来訪を待ちわびている。久しぶりに会える喜び、膨らむ期待感、至福の瞬間。しかし時の経過とともに彼女の胸に疑念が生じてくる。なぜ皇帝はいらっしゃらないの?もしや別の女性のもとへ行かれたのでは?
 不安感がつのり、徐々にせりふや所作が激しくなっていく。苛立ちの身振り手振りを交えた荒々しい表現が続いたかと思うと一転静かな語り口に変わる。猜疑心、嫉妬心、微妙な感情に揺れ動く思い。容赦なく時が過ぎ、満たされぬ情欲に身もだえする女は、遂に感情を抑えきれなくなって酒器をわしづかみして酒をあおり始める。
 盃を重ねるにつれ、うごめく情念、簡素な舞台セットと濃密な心理描写、その絶妙なコントラスト、60歳になろうかと梅蘭芳の迫真の演技に釘付けとなる。
 激しい葛藤の末に訪れる深い虚無感。疲れ果て酔いつぶれた女は失意のうちに眠りつく・・・
 水を打ったように静まりかえる客席。それを一瞬にして破る万来の拍手。部屋へ戻ってからも、しばらくは感動で声を発することもできなかった。

 人間観察と演技力の真髄

 一貫した演技を通して伝わってきたのは、楊貴妃の人間そのものに対する洞察力、鋭い観察眼、それを的確に表現する卓越した演技力、年齢を一切感じさせない動きはまさに長年のたゆまぬ精進の賜物だろう。
 孤高の舞いに酔いしれながら、ふと翫右衛門さんのことが頭をよぎった。身じろぎもせず食い入るような視線を注がれていた翫右衛門さん。さぞ役者魂を奮い立たされたに違いない。
 機会があれば感想をぜひお聞きしたかったが、その機を得ずして帰国の途についた。今となってはただただお二人の安らかなご冥福をお祈りする思いである。

京劇入門 京劇の衣装

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京劇入門 隈取り

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 隈取りとは、顔を強調する為に描く化粧の事である。演じる役柄の年齢・性格・地位等により細かく決められている。京劇の役柄、生・旦・浄・丑の中で、浄が顔全面に描き、丑も一部描く。
 歴史の記載によると、昔の劇では、面をかぶり演劇を行っていたようだが、演劇の発展に伴い、演員達の顔の表情を見せる為、面をかぶる事を止め、墨・どうらん等で顔に直接塗り始める事になる。

 隈取りによって、人物の性格をあらわします。知っておくとが演技や役割がわかりやすくなります。(もちろん、これは原則で、例外もあります。)

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紅:正義感、気骨のある人物。忠臣など。
紫:温和な人物で忠臣など。
黒:謹厳実直で勇猛な人物。
白:邪悪で危険な人物。
黄:策略家、凶悪。
青:短気で気性が激しい人物。
緑:強暴で邪悪。
金・銀:神や仏、妖怪など、人間にはない力を持っている。

私が見た京劇の魅力について (5/5) 田村容子 第一回京劇講座

「私が見た京劇の魅力について」 (5/5) 田村容子

Img_g_0045_1  四、

 最後に、今回福井で上演される演目の一つ『覇王別姫』について少しお話します。まず、あらすじですが、有名な「四面楚歌」という言葉のもとになった、次のようなお話です。

 西楚の覇王項羽は、漢の劉邦との戦いに敗走し、垓下(がいか)に孤立させられる。四方の漢軍の中に楚の歌を聞き、項羽は楚が漢にくだったかと驚き、虞姫と別れの杯を交わす。虞姫は項羽を慰めるために涙をこらえて剣舞を舞い、その後自らの命を絶つ。

 項羽がうたう「垓下の歌」というのがとくに有名ですので、ここで歌詞を見ていただきましょう。

   抜山兮気蓋世   力は山を抜き、気は世を蓋う

   時不利兮騅不逝  時に利あらず、騅逝かず

   騅不逝兮可奈何  騅逝かざるをいかんすべき

   虞兮虞兮奈若何  虞や虞や、なんじをいかんせん

 『覇王別姫』の見どころの一つは、途中で虞姫(虞美人)が舞う剣舞です。『覇王別姫』は梅蘭芳が創作した演目で、この剣舞は中国の武術の型をもとに、梅蘭芳が作りあげた舞踊です。それから、剣舞のバックに流れている音楽は「夜深沈」といって、京劇の中でも名曲といわれる音楽です。

 梅蘭芳(一八九四~一九六一)は、二十世紀の中国において最も優れた女形の俳優で、男性ですがとても美しい舞台姿でした。『覇王別姫』は「古装戯」といって、古代の絵画に描かれる美人の姿をヒントに、その扮装を梅蘭芳が考案したものです。

 『覇王別姫』を見るときは、これらの点に注目すると、より楽しんでいただけるのではないかと思います。

 (第一回終り)     1から読む    [第二回京劇講座へ]

私が見た京劇の魅力について (4/5) 田村容子 第一回京劇講座

「私が見た京劇の魅力について」 (4/5) 田村容子

 唱(チャン)・念(ニェン)・做(ツオ)・打(ダー)(四つの演技の型)

Img_g_0041_1  次に、俳優の演技の型について説明します。俳優の演技は、主に四つの要素でできていて、一つ目は唱、これはうたで感情を歌い上げることです。歌詞の意味はわからなくても、俳優がうたを歌い出したら、自分の心情を表現している場面であることが多いので、悲しい感情や誇らしげな感情など、その役の感情を想像して聞いてみてください。

 二つ目は念、これはせりふです。京劇で使われているせりふには韻をふんだ韻文と、現在の北京語に近いものとあり、役によってその口調が違います。韻文のほうは古語のようなもので、中国人でも聞いてわからないという人が多いです。

 三つ目は做、これはしぐさの演技で、戸を開ける、歩くといったパントマイム的なわかりやすいものや、舞踊のように抽象化された動きも含まれます。

 四つ目は打、これはたちまわりで、京劇の見どころの一つであるアクロバット的な演技です。宙返りのように、派手で見ているだけで楽しい場面です。

 今回の福井に来る演目は、しぐさやたちまわりといった、目に訴える要素の多いものです。従って、言葉のわからない日本人が見ても十分楽しめるのですが、せっかくの機会ですから、せりふやうたの場面にも注目して、美しい音の響きにも耳を傾けてみてください。

 行(ハン)当(ダン)(役柄類型)

 京劇では役柄が大きく四つに類型化されており、一人の俳優は必ずそのどれかを専門とすることになっています。この役の分類、つまりどういう人物がどの分類かということを頭に入れておけば、観客はその人物が出てきただけで、人物の性格がわかるようになっています。

 一つ目は生(ション)、これは一般的な男性役です。

 生はさらに細かく分かれるのですが、代表的なものに老生(ラオション)があります。これは成人した男性を表しており、必ずひげをつけています。ひげの色が黒・白・灰と色々あり、色によって年齢を表します。うたうときは必ず地声でうたいます。

 もう一つ、小生(シャオション)というのがあり、こちらは青年の男性です。ひげがなく、性格的にも未熟で、女性との恋物語を演じるのはつねに小生の役どころです。こちらは若いということを表すために、地声と裏声を半々に使います。

 二つ目は旦(タン)、これは女性役全般です。

 旦もさらに細かく分けることができ、代表的なものに、青(チン)衣(イー)といわれるうた・せりふ中心の貞淑な女性役があります。それから、武 (ウー)旦(タン)、これは扈三娘のようなたちまわり中心の役柄で、男まさりの女丈夫や、女武将の役です。また、花(ホア)旦(タン)というのは、しぐ さ・せりふを中心にした、快活でお転婆な女の子の役です。京劇に出てくる深窓の令嬢は青衣で、その活発な小間使いはこの花旦の役です。

 三つ目は浄(ジン)、これは隈取りをした男性役で、隈取りは激しい気性や、どこか人間離れしたオーラを表すものです。

 隈取りには色々な色が使われており、その色によって性格が分けられます。赤は、義侠心を表します。『三国志演義』の関羽などがその典型です。白 は、狡猾で猜疑心が強い、敵役に使われる色です。『三国志演義』でいえば、曹操が典型です。黒は、正義感が強い人物です。「包公(バオコン)」という中国 の有名な裁判官がいますが、日本でいう大岡越前のような名裁判官のこの人が、典型的な人物です。なお、『覇王別姫』の項羽も黒が中心の隈取りですが、項羽 の隈取りは泣いた顔のように見える「哭臉(クーリェン)」という特殊な隈取りです。金は、人間でない神様・仙人・妖怪などに使われる色です。

 四つ目は丑(チョウ)、これは道化役です。

 道化役は大きく二つに分けられ、一つは武(ウー)丑(チョウ)、これはたちまわりを得意とし、義賊などの役が多いです。もう一つは文(ウェン)丑(チョウ)、これはせりふや滑稽なしぐさで笑いをとり、小役人などの役が多いです。

 ここまでで、簡単な京劇のきまりごとを説明しましたので、京劇を見るときに少し思い出しながら見ていただけると、いっそう楽しめるのではないかと思います。

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私が見た京劇の魅力について (3/5) 田村容子 第一回京劇講座

「私が見た京劇の魅力について」 (3/5)  田村容子

三、

 次に、京劇の基本的な知識、歴史や決まりごとについてのお話をします。

Img_g_0031  まず歴史ですが、京劇は清朝の乾隆年間、皇帝の八十歳の記念行事に中国のさまざまな地方の劇団が北京に入ってきて芸を献上し、それらの要素が北方にもとからあった演劇に取り込まれて発展したと言われています。たとえば、安徽省・湖北省の劇や、京劇より古く、約六百年の歴史を持ち、最近無形文化遺産に認定された昆曲などの影響を受けて、徐々に現在の京劇が形づくられました。

 やがて、一九一二年に中華民国が成立すると、西洋・日本などの外来の文化の影響を受けて、中国社会全体が近代化していきます。観客の好みも時代に合わせて変化しますし、京劇もそういった変化に合わせて新しい要素を取り入れる試みをしていきます。

 たとえば、女性が社会に出るようになり、伝統的な親の決める結婚ではなく自由恋愛が流行すると、京劇の演目も変化します。従来は男性を主役とする歴史物の演目が主流だったのが、民国期には女性が主役となり活躍する演目が多く作られました。

Img_g_0036_2  また、映画が新しい娯楽として進出し、京劇と人気を二分するようになると、京劇は映画に負けないような、斬新で筋の展開の楽しめる長編の演目を作るようになります。連続テレビドラマのように、一回に一話ずつ上演し、何話にもわたってストーリーの続くシリーズものの新作も作られています。

 劇場も伝統的な張り出し式の舞台だけではなく、洋式の劇場も用いるようになりました。照明や録音の技術も進み、京劇のレコードが作られたり、また地声での上演からマイクを使っての上演に切り替わったりするなど、二十世紀になってからの京劇は、伝統を残しながらも近代的な文明を取り入れ、変化していっています。この点は、伝統を守る日本の芸能と比べると、文化の違いが感じられて面白いところです。

 ただし、京劇はやみくもに新しいものを取り入れて、伝統をくずしているというわけではありません。そこで、時代が変わり、京劇が変化しても残っている伝統的な決まりごとについて説明します。

 まず、「一桌二椅(イージュオアルイー)」という、舞台のセットに関する決まりです。これは、テーブル一卓、椅子二脚という意味です。

 京劇は、本来リアルな舞台装置を使用しない演劇で、基本的にはこのテーブルと椅子の置き方のバリエーションのみで、あらゆる場面を演じます。もちろんそれだけでは、場面の情景の細かい部分はわかりません。京劇では、リアルな舞台装置にかわって、俳優の演技の型によって、その場面がどこなのか、どこからどこに移動して、どのくらい時間がたったのかといったことがわかるようになっています。リアルなセットを使う場合、場面ごとに細かい道具や背景を作り、それを取り替えないといけません。でも京劇は、俳優の身体一つで、いわば一種のパントマイムのように、動きで色々なことを表現します。

 京劇を見るときは、俳優の細かな動きに注目して、今何をしているのだろうと想像しながら見ると、いっそう楽しめると思います。

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私が見た京劇の魅力について (2/5) 田村容子 第一回京劇講座

 「私が見た京劇の魅力について」 (2/5)  田村容子

二、

Img_g_0087_2  次に、中国の京劇の観客が、どのように京劇を見ているかについてお話しします。

 中国語で「叫(ジァオ)好(ハオ)」といわれる行為がありまして、これは俳優がうまい演技をパッと決めて、見得を切ってピタリととまった瞬間に、「好(ハオ)!」という掛け声をかけることです。「好!」というのは、中国語で良い、「いいぞ!」という意味ですね。

 日本の歌舞伎でも役者さんに「成駒屋!」などと屋号を呼びかけることがありますが、ああいう感じで、中国では京劇を見ているとしきりに「好!」の声がとんで、非常に客席がにぎやかです。中国では、とくに京劇は、クラシックコンサートのようにじっと座って静かに鑑賞するようなものではなく、お客さんも舞台の上と一体になって盛り上がる、ライブコンサートのようなノリで見るものだと思います。

 日本で京劇の上演があると、いつも残念なのは客席がとても静かだということです。初めて京劇を見るお客さんにとって、いきなり「好!」と掛け声をかけることは難しいですし、恥ずかしさもあると思います。ただ、福井公演では、演技がすばらしいと思ったところでは遠慮なく拍手をして、会場の空気や演技をしている役者さんの気持ちを盛り上げていただければよいかと思います。観客の反応がよいと、役者も乗ってきて、よりよい芸を見せられるものです。

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私が見た京劇の魅力について (1/5) 田村容子 第一回京劇講座

第一回京劇講座  (北京風雷京劇を楽しむ会・日中友好協会福井支部)
   2008年6月14日 福井県NPOセンター研修室

「私が見た京劇の魅力について」 (1/5)
    田村容子(福井大学教育地域科学部講師)

 今年の四月より、福井大学教育地域科学部で中国語を教えています。中国演劇を専門に研究しているということで、京劇についてお話する機会をいただきました。今回は第一回目ですので、私が京劇に興味を持ったきっかけや京劇の面白さ、簡単な決まりごとについてお話いたします。

一、 

 京劇は「伝統劇」と紹介されることの多い演劇ですが、その歴史は意外に新しく、約二百年前に形成されたと言われています。その後、二十世紀に入ってからは、西洋や日本など外来の文化の影響を受け、次第に伝統的な演劇の方法に新しい要素を吸収していきました。たとえば、日本では歌舞伎という伝統劇がありますが、男性ばかりで演じ、女の役も「女形」と言われる男性の俳優が演じます。京劇も、著名な女形であった梅蘭芳(メイランファン)などが活躍した時代はそうだったのですが、現在は女優も京劇を演じるようになり、女の役は女優が演じるほうが普通になりました。

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 私が京劇に関心を持ったきっかけは、大学生のときに見た上海京劇院の『扈三娘と王英』です。この作品は今度福井で上演される『扈家荘』と同じ、『水滸伝』に題材をとったお話です。とりわけ、ヒロイン扈三娘(こさんじょう)が男性相手に一人で大立ち回りを見せる場面が見どころで、何人かの男が彼女一人を囲み、四方八方から投げられる槍を足で蹴って返すという大技「踢(ティー)出手(チューショウ)」を目の前で見て、大変感動した覚えがあります。

 それで、すっかり京劇のとりこになり、当時は日本演劇を専攻していたのですが、卒業論文でどうしても京劇をテーマにしたいと思うようになりました。京劇のことを勉強するには、まず中国語ができなくてはなりません。そこで、大学の交換留学制度を利用して、一年間、天津の南開大学というところに留学しました。

 実は天津というところは昔からお芝居が盛んで、たとえば周恩来総理は南開大学の出身ですが、やはり学生演劇の経験があり、女役を演じたときの女装した写真も残っています。京劇の役者の世界でも、「北京で学び、天津で芸を磨き、上海で稼ぐ」という言い回しがあるほど、天津のお客さんは芸にうるさかったようです。

 中国には、「票(ピャオ)友(ヨウ)」といわれるアマチュアの京劇愛好家の人々が各地にいます。票友は単に京劇が好きなだけではなく、実際に自分も習い、時には舞台に立って上演することもあります。日本でも能の謡を習っている方がおられますが、あれと似ていると思います。票友の場合は、月謝を払ってプロの先生のお弟子さんになるという形もありますが、多くは票友同士で「票房(ピャオファン)」というサークルを作って活動しています。

Img_g_0029  票房では、だいたい週に一~二回、普段は公園に集まって自分たちで自主トレーニングをします。ベテランでうたの上手い人や、楽器を弾ける人が先生役です。一人ずつ、楽器担当の人に自分の歌いたいうたの伴奏を弾いてもらい、気が済むまで皆の前で歌います。公園で練習していると、通行人が周りを取り囲んで聞き入り、時には飛び入りで参加する人もあらわれます。私が留学していた九十年代中頃までは、このような風景が天津の公園のあちこちで見かけられました。

 私も最初は、公園でうたっているおじさんたちを眺めているだけだったのですが、ある時意を決して仲間に入れてもらい、それから毎週の練習に参加するようになりました。当時はまだ中国語が上手く話せなかったので、うたよりも楽器を習っていましたが、このサークルで仲良くなった人たちからは、京劇の色々なことを教えて貰いました。

 京劇は、舞台で上演される作品そのものも面白いのですが、それを支える観客、京劇を楽しむ人たちを観察するのも面白いのです。こういう京劇ファンの人たちをテーマにした映画に『北京好日』というのがありますので、興味のある方はご覧になってみてください。

 (2へ続く

京劇の面白さ

Img_kg_0001  京劇の面白さ

 自分の背の2倍も有りそうな城壁を平気で飛び越えたり、前転・逆転・横転をたてつづけにやってのけたり、武器を思いっきりぶっつけたり、投げかわしたりするところは、理屈ぬきで面白い。
 ヨーロッパの批評家が「死と紙一重の演技」とか「千分の一秒、百分の一ミリの単位で計られる動作」と賞賛し、これは子供の頃からの厳しい訓練であり、どんな激しい動きをしても実に優しくしなやかで、決してドタバタしない。これこそまさしく軽わざである。
 俳優術は思想・感情を表現するだけでなく、人間の体の一番無駄のない理にかなった動かし方をやってみせたり、楽しんだりする要素が京劇には存分にあるのが京劇の魅力でおもしろさです。
        (姫路公演 : 北京「風雷」京劇団ニュース より転載)

京劇の基礎知識(1)

知っているとより楽しめる

   「京劇の基礎知識」(1)   加藤徹

 京劇は、日本でいえば歌舞伎にあたる中国の伝統演劇である。英語ではペキン・オペラ(Beijing Opera)という。歌あり鳴り物ありのにぎやかな芝居である。
 今年の秋、北京風雷京劇団が各地で来日公演を行う。それに向けて、京劇の基礎知識を書くことにする。

Img_kg200811_p2  愛好者は庶民から皇帝まで

 京劇は18世紀の末、北京で生まれた。芝居の内容は、中国近代史の激動の世相を反映して、歴史ものや戦争ものが多い。観客層も庶民から皇帝までと幅広かった。西太后、博儀、毛沢東、周恩来らも、京劇の熱心なファンであった。
 中国共産党は文芸改革の模範として、京劇改革に力を入れた。「文化大革命」の導火線となった新編歴史京劇『海瑞の免官』や、革命模範劇とされた現代京劇『紅灯記』『智取威虎山』などは、日本でもよく知られている。文革後は古典京劇が復活し、今日に至っている。
 なお、昔の日本語では京劇を「ケイゲキ」と読んだが、60年代ごろから「キョウゲキ」と読むようになった。

 多彩な要素で賑やかな舞台

 京劇は「唱(チャン:うた)・念(ニエン:せりふ)・做(ツオ:しぐさ)・打(ダー:たちまわり)」の四要素をもつ娯楽演劇である。西洋演劇、例えばシェークスピアの芝居は、セリフ中心の「演説の劇」なので、観客も静かにおとなしく観劇する。ところが京劇の舞台は、歌やドラ、太鼓などとてもにぎやかである。
 実際、中国の観客は観劇中も盛んに声を出す。役者がみえをきると、客席から大声で「好(ハオ)」と叫ぶ。逆に役者が演技を失敗したときも、皮肉をこめて大声で「好」と野次をとばすこともある。京劇はお祭り感覚の大衆演劇だといえる。

 (つづく)

京劇の基礎知識(2)

知っているとより楽しめる

   「京劇の基礎知識」(2)   加藤徹

 世界に影響を与えた名優

 京劇の女形だった梅蘭芳(1894~1961)は、日本で1919年、1924年、1956年の3回公演を行い、大人気を博した。彼の名は、日本人にも大正時代から「メイランファン」と原音で記憶されたほどであった。
 アメリカ公演やソ連公演を通じ、チャップリンやブレヒトなど世界の演劇人にも影響を与えた。

Img_kg200811_p3  文学、映画のなかの「京劇」

 魯迅は、短編小説「宮芝居」で、当時の京劇の商業主義を風刺的に描いた。老舎は京劇を好み、小説やエッセイでよく取り上げた。芥川龍之介は意外な京劇通で、紀行文『支那遊記』やエッセイ『侏儒の言葉』で、京劇について含蓄に富んだコメントを残した。
 京劇が出てくる中国映画も多い。老人の生活を情感豊かに描いた「北京好日」(1992)、カンヌ映画祭で最高賞を受賞した「さらば、わが愛 覇王別姫」(1993)、京劇女優を志望する日本人の恋を描く「北京の恋 四郎探母」(2007年公開)などが有名である。
 ちなみに香港の映画スター、ジャッキー・チェンは、京劇学校の卒業生である。

京劇講座 (東京)参考プリント

3月28日に行なわれた、加藤徹先生の京劇講座
シリーズ講座第一回 「京劇って面白い!!」
で使われた参考プリントの一部を許可を得て転載します。
(再転載禁止)(C)加藤徹

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中国の演劇は2種類ある。

「戯曲」京劇などの伝統的な音楽劇。
「話劇」近代的なセリフ中心の演劇

京劇の三つの特徴

「綜合性・虚擬性・程式性」

京劇俳優の「四功五法」

四功 唱(うた)・念(せりふ)・做(しぐさ)・打(たちまわり)
五法 手(手振り)・眼(視線)・身(姿勢)・歩(歩き方)・法(行動)

京劇演目の分類

文戯 うた中心の芝居
武戯 立ち回り中心の芝居

京劇の四つの役柄

生・・・老生、武生、小生、娃娃生、など。男の役。
旦・・・青衣、花旦、花衫、武旦、老旦など。女の役。
浄・・・銅錘花臉、架子花臉、武二花など。くまどりをした男の役。
丑・・・文丑、武丑、彩旦、婆子。笑いをとる道化役。

Img_kg200811_s01 京劇界の格言

「不像不成戯、真像不是芸」

道化役の名優だった蕭長華のことば。それらしくなければ芝居じゃない、そのまんまだったら芸じゃない。

「守成法而不拘於成法、脱成法而不背乎成法」

女形だった程硯秋のことば。成法を守りて成法に拘(こう)せず、成法を脱して成法に背(そむ)かず。型は守るが型にとらわれない。型にはまらぬが型は壊さない。

「戯不離技、技不離戯」

劇評論家だった徐凌霄のことば。戯は技を離れず、技は戯を離れず。

「演人別演行」

女形だった荀慧生(じゅんけいせい)のことば。人を演じよ、役柄を演ずるな。

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次回、加藤徹先生の「京劇の基礎知識」を掲載します。

もっと詳しくは、加藤徹先生の「京劇城」 http://www.geocities.jp/cato1963/KGJ.html で。