南京・揚州・鎮江・上海の旅 参加者の感想 2
前のことを忘れず
後世の戒めとなす
長崎県 橋口昭子
今日のために新装された会場は、8年前訪れた折とすっかり変わっていた。式は、予定通り進み、突然空襲警報のサイレンが鳴った。身体が恐怖にふるえた。九死に一生を得た62年前に引き戻されたのだ。70年前の今日、日本の侵略軍が、3ヶ所から南京に入城し6~7週間にわたって、放火、強姦、略奪をほしいままにし、市内7ヶ所で兵士、捕虜、非戦斗員老人子供の別なく虐殺したと記念館の資料は雄弁に語っていた。資料の中に日本の将兵が100人斬りを競う毎日新聞の切り抜きもある。その時の南京の人々の恐怖、憤り、苦しみ、無念はいかばかりだったろうか。式典でのスピーチ、記念館では、平和と中日友好が強調されていた。日本語を学んでいる学生との交流でも平和と友好と話してくれた。
さて、日本はどうか、反省もなく、権力側もメディアも中国と北朝鮮の脅威を煽り、自公政府は、九条を改悪してアメリカのいいなりに戦争できる国にしようとしている。歴史の歯車を戦前に戻したい側は、南京で30万人虐殺していないなどとあらゆる機会をとらえて言っているが、日本軍国主義のもとで多くの南京市民を虐殺した事実は消せないのではないか。本当のことを知った私は、まわりにこのことを伝えて行こう。平和と友好の活動に確信を持って。
記念館の出口に近いところに次の言葉があった。
「前のことを忘れず後世の戒めとなす」 歴史は永遠に教科書である。
南京事件70周年節目の行事 感無量
福岡 加藤君子
今まで中国へは何度も旅行したが、南京へ行った事はなかった。一度はやはり行かねばという義務感をずっと持っていた。今回はそれがかない、又、70周年という節目の行事に参加でき、多勢の中国人と共に広場に立った時は、感無量としかいいようがない気持ちとなった。
南京鉄道学院の女学生さん2人と共に日本語で話をしたり、校内を案内していただき、彼女たちの熱心さに圧倒された。
旅行中、バスの中やテーブルを囲んでの食事の時、普段なら話すことはない大川の家具職人の方々とおしゃべりができ、とても楽しい素晴らしい旅行となった。
夢が実現して大満足
大牟田市 堀栄吉
堀ケイ子
第2回福岡県・江蘇省民間友好交流団の47名の一員として、夫婦で参加し多くの皆さんに、言葉の通じない国で親切にお世話いただいて深く感謝してます。
妻が終戦引き上げで、旧満州ハルピンに14歳から7年間、4人家族で開拓団として暮らしていた関係で、中国旅行は夫婦で一度は行きたいと話していましたので、その夢が実現して大満足でした。
福岡県連の今回の南京事件70周年に合わせた企画は、大成功で参加者一同様にも喜ばれた事と思います。5日間の一日一日が、大変有意義な企画と行事で食事もホテルも大満足でした。夫婦とも体重が3キロ増えました。
南京で交流した日本語学校で勉強中の、新孫・黄リさん(20歳)・李コウガンさん(21歳)とはパソコンでメール交流ができるようになりました。ナイトクルージング、ジャズ喫茶も最高に満足して、風邪も治って元気で日常生活に戻っています。
日本の現状とのギャップにショック
北九州市 乗定富子
你好!旅行ではお世話になりました。
内容の濃い有意義な旅行となりました。私は、小学生の時、映画「人間の条件」を観て衝撃を受けました。それ以来中国にはわだかまりがあり、特に南京には一度訪れ、辛いけど史実を直視し、一日本人として深く詫びたい気持ちですごして参りました。
一般の観光ツアーには南京は含まれず、今回日中友好協会主催の旅があると知り、すぐ会員になり参加しました。式典に参加できた事は一生忘れえぬ思い出になる事でしょう。
南京の子供たちが教科書で何ページにも及ぶ学習がある事をしり、日本の現状とのギャップにショックを受けました。
今後も微力ながら平和な社会を目指し頑張りたいと思います。
2008年 2月 9日 日本語学校 交流 | Permalink | コメント (0) | トラックバック (0)






南京事件の起こった1937年は、ナチスドイツがスペインのゲルニカに空爆による世界最初の無差別攻撃を行った年です。同じ年に日本軍も南京に対して空爆を行いました。空爆のあと地上戦で日本軍による無差別虐殺、強姦、放火、略奪の数々と伝えられる南京侵略が始まりました。
南京事件にしても、従軍慰安婦問題にしても、学んだことは「まず、事実を事実として受け止めて欲しい。そのことが、出発点だ」ということでした。事実を事実として認めないことは二重の加害行為につながります。「歴史認識」という表現で、中国が再三日本に求めているのはそこでしょう。「報復復讐のこころからは新しい未来は生まれない。しかし、過去の歴史と正しく向き合わなければ真の友好は築けない」。このシンプルな命題が、南京事件から70年、終戦から60年以上も経た、現在もなお、国会で「侵略戦争であった」と明言しない日本国に問われているのだと痛感しました。
南京鉄道職業技術学院の日本語を学んでいる生徒さん達と交流しました。私の相手は赴冠冠さん、二十歳。お父さんは会社員、お母さんは農業、高校生の弟の4人家族で寮に入ってアルバイトをしながら、日本語通訳を目指して、勉学に励んでおられました。中国の学生さん達は素朴で、明るく、意欲的でした。楽しい交流ができました。



今年は日中国交正常化35周年・南京事件70周年の節目の年です。この大事な年に、両国民の相互理解・友好を大きく促進するために、県連は大量の訪中団を送ることを大会で決めました。
新しい南京虐殺記念館も、70周年の12月13日落成を目指して、拡張工事が進められています。
福岡県連は「日中両国民の相互理解を深めるために中国に日本語学校をつくろう」と3年前の大会で決め一日も早い実現を目指して努力してきました。
3月29日、武田正勝県連会長の代理で、高向洋人氏(県連会員・福岡日中文化センター副所長)が南京を訪れ、伊藤正敏氏(同学院講師・県連会員)の立会いで、銭吉奎副学院長と学校支援協定書に調印を行い、百万円の協力金を手渡しました。
日中友好協会福岡県連合会では、中国での日本語教育を支援する運動のとりくみとして、江鮮省の省都・南京市にある省立の南京鉄道職業技術学院の日本語学校の創立を支援することにしました。このため、協力債と支援募金を集めています。

